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僕の先生が先生で良かった夜 ❨藍色の話②❩【ショートショート/P1グランプリ】

「もう中3だし、そろそろ塾にでも行く?」ノックと当時にドアを開けた母が不意に顔を出し尋ねてきた。
教科書を開いてはいたものの、実際は心地よく眠りかけていたのに。「そのノックなら意味ないから」と言ったところで改善されなさそうだから、とりあえず塾のことを考える。

今の成績のままでも、家からわりと近い公立のH校なら受かりそうな気がする。だけどあそこだと、今通う中学から結構な人数の生徒が毎年入学する。それだけはとにかく避けたかった。学校でいじめられているわけではないけれど、家族以外とは何故か上手く話せない僕は、いつもぼっちだ。遠くて通うのが大変な上、今の成績での合格は危ういけれど、出来れば知り合いの少ないM校に行って、普通の高校生になりたい。友達と普通に喋ったり笑ったりする、ごく当たり前の普通の高校生に。

「家庭教師は、だめなの?」僕は訊いた。
その辺の塾なら、学校にいる時と同じくぼっちになるのが目に見えている。
「えっ?家庭教師の方がいいの?」母の口調からすると、ダメというわけでもなさそうだ。
「じゃあちょっと調べてみるわ。」

そんなやり取りから数日後。
目の前には、数社ある中から母の選んだ家庭教師派遣会社の人。向かい合って僕と母。体験学習と説明と面談の後、申込手続きまであっと言う間に進み、約1週間後には担当の家庭教師が来ることに決まった。

どんな人が来るんだろう。大学生なら、成績は当然ずっと優秀で、運動も得意、沢山の友達と共にキャンパスライフを楽しんでいるような、僕とは真逆の人種かもしれない。そう考えると急に憂鬱になってきた。だけど今更やめたいとか、さすがに言えるわけがない。気持ちがずしっと落ち込んで、前日は何だかよく眠れなかった。

そしてその日。初めて会うその人は、色白でひょろっとした眼鏡の人。最初に母へ挨拶している感じからすると、少なくても僕と真逆ってことはないかもしれない。2階の僕の部屋へ入り肩を並べて机に向かった時は、何だかもうずっと前から、知り合いだったような気すらしてきた。実際の僕には姉しかいないけど、もし兄がいたとするなら、きっとこんな感じだったのかもしれない。

勉強が終わる時に「M校目指して一緒に頑張ろうね。」って言ってもらって、本当はすごく嬉しかった。今日はコクンと頷くことしか出来なかったけど、あの人になら、そのうち色々話せそうな気がする。

布団の中でそんなことを考えていたら、前日の寝不足のせいもあって、いつの間にかぐっすりと眠り込んでいた。その日の布団は何故かいつもより、温かでとても優しかった。

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以上、[ピリカ☆グランプリ]参加作品でした。


(2021/7/5追記)
有り難くも戌亥賞を頂きました。
どうもありがとうございました。

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