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冷めないコーヒーがあったなら。

冷めないコーヒーは
美味しい。

だけど
もし

永遠に冷めない
コーヒーが
あったとしたら……。


今日も私は、私のためにnoteを書く。



コーヒーには
美味しいと感じる温度がある。

いつも
ベストな温度で飲めるといいが


時間が経つと
コーヒーは冷める。



淹れたては
香りが広がって

少し熱めの口あたりが
身体を温め
気持ちを切り替えさせてくれるのだ。


けれど

いつまで置いておいても
ずっと冷めないコーヒーが
あったとしたら

コーヒーの
ありがたさを
忘れてしまうだろう。


そこには

コーヒーを
美味しいと感じられる

「時間」がある。


時間は

窮屈なようで、
縛られているようで、
焦るようで、

不便に感じることもあるが

時間がないと
私たちは


「今」のありがたさを
忘れてしまう。



「今」は「今」しかなく
もう二度と
来ることはない。


似たようなことが
起きても

それは
またどこか違っている「今」。


同じ「今」は
もう二度と経験できないのだ。


時間という
制限があるからこそ

「今、しよう」
「今、やってみよう」
「今、笑おう」
「今、謝ろう」
「今、声をかけよう」
「今、想像しよう」
「今、始めよう」

と思えるのである。



冷めないコーヒーは
美味しいが

「今、コーヒーを飲もう」
と思えるのは


淹れたてという
そこにしかない美味しさが
身に染みて

癒されるからだ。



全てが「今しかない」と
わかると



この一瞬さえも


貴重な時間となるだろう。







ここまで読んでくれて
ありがとう。



明日もnote、
書けたらいいなぁ。




温かなお気持ちに感謝します💗