29、しなやかに生きる 千葉陽さんの巻
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29、しなやかに生きる 千葉陽さんの巻

かしのたかひと

ダイエーホークスオーナー代行で、 福岡ドーム社長の中内正さんと朝のジョギング中の会話で出てきたのが、ニューヨーク支社の立ち上げだ。
 
福岡ドームより先に完成した東京ドームは、ニューヨーク在住の弁護士が直接C AAやウイリアムモリスなどのアーティストエージェンシーと直接契約を結び、コンサート興行を行っているとのこと。
 
契約リスクはあるが、日本のプロモーターを通さない分だけギャラなどコストが安くなるし、自由度が高い。東京に比べて市場が小さい福岡なので、興行の直接仕入れのメリットは流通王者のダイエー関係者ならピンとくるところだ。
 
「アリやな。でも、誰がやるんや?」

中内さんの言葉に僕は即座に反応した。

「僕に行かせてください」

この後、いつからとか、英語はできるのかとか、どうやってルートを作るのかなど各論の詰めで苦労するのだが、基本はこの短いやり取りの中で僕のニューヨーク赴任が決まった。アトランタオリンピックが開催された1996年、33歳の時である。

運よくダイエー本社のニューヨーク駐在所があったので、そこに出入りする許可をいただき、困ったことは都度相談させてもらうことになる。
しかし、肝心のエンタメ業界への入り方をどうするかという難問は残っていた。
 
その時に頼ったのが、リクルート初の海外赴任をし、NYで独立起業していた千葉陽さん。
それまでに会ったのは数度しかなかったが、神戸大学の先輩ということもあり、快くNYの水先案内人になっていただいた。

千葉さんの特徴を一言で言うと、OKアプローチが広い人。
誰にでもオープンで、人を安心させる雰囲気を作り、つながる術が抜群にすごい。
生き方がしなやかなのだ。

「笑顔しか思い浮かばない人」
まさに千葉さんがそういう人だった。

NYにいる日本人ネットワークはもちろん、ブロードウェイを中心とした現地人脈もしっかり構築されていたので、想像以上に仕事の立ち上がりが早くなったのである。
 
オフブロードウェイの日本人初の演劇プロデューサーと夜な夜なパーティをしたり(こういう付き合い方は日本もアメリカも同じだなと思った)、用事もないのに、お互いの事務所に顔を出し、情報交換する。

こうした付き合いの中で、目を付けたのが「ブルーマン」のプロデューサー。そう、あの青くペイントした顔のパフォーマンスグループ。

ノンバーバル(非言語)なので日本でも即ウケると判断した僕は誘致交渉に入った。
しかし、まだダブルキャスト、トリプルキャストという具合にパフォーマーの数がいない。来日するならNY公演を止めないと行けないということで残念ながら断念。

続いて、シャキール・オニールとコービー・ブライアントがいるNBAのロサンジェルス・レイカーズのエキシビジョンマッチの誘致の話を進めていく。

そんなエンタメ三昧の中、ラッキーなことに、ブロードウェイ関係者と仲良くなり、ニューヨーク演劇界最大のイベント・トニー賞授賞式に出席させてもらえることになる。

慌ててタキシードをレンタルして出席。だが、知識不足で充分楽しめない。有名な役者がテーブルにたくさんいたにもかかわらず、役者の顔と名前を覚えてなかったので、もったいない時間となってしまった。

それはともかく、千葉さんに導かれ、NY生活は想像以上にエキサイティングに動いていく。
まったく見知らぬ土地でも、種子を落とし、しなやかに根を張り、栄養を蓄え、しっかり枝葉を伸ばしていく。

そんな強さと、表面上はそう感じさせない明るさやオープンマインドを千葉さんから学ばせてもらった。
 

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かしのたかひと

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かしのたかひと
リクルート、福岡ドーム、メディアファクトリーを経て、映画プロデューサー、ベンチャー経営者、政治家、作家に。