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しきから聞いた話 130 迷子うさぎ

「迷子うさぎ」

 大晦日の宵に、急用で呼ばれた。

 古くから付き合いのある寺で、急に病人が出て、どうしても人手が足りなくなったという。以前はよく手伝いに行っていたから、ふたつ返事で駆けつけることにした。とはいえ、行く道はもう、日が暮れていた。

 空も、山も、町も、なにやらそわそわと落ち着かない。
 ひとけが無く、静かな道々にも、どうも何かが動いている。
 昨日と今日と明日が、流れてゆくだけのはずなのに、やはり大晦日には、いつもと違う動き、流れがあるのだ。

途中にある、神社の裏手の道にさしかかった。

 遠方からも参拝者のある、なかなか大きな式内社だ。杉や檜の高い木立ちのむこうには明かりが灯り、あと数刻で始まる初詣の喧騒を前に、じっと息を詰めているような空気感が伝わってくる。
 冷たい風の中、かすかに春が匂う。

 目の前の薄闇の中に、白いものが動いた。
 子供。白い着物。巫女か。
 いやしかし、袴までが白い。巫女ならば、緋袴だろう。

「あ、」

 動きを止め、こちらを見上げる。
 七、八歳といったところか。
 だがそれは、ひとの子の姿を借りた、見た目の話だ。
 これは、ひとではない。第一、目が紅い。
 白い姿に、紅い目。どうしてこんなところにいるのか。

「入り口が、わからない」

 ずいぶんと間抜けなことを言う。

「連れてって」

 たかたかと近付いてきて、答える間もなく、手をつないできた。
 それほどの遠回りでもない。
 まっすぐ行くつもりだった道を右に曲がり、鳥居の前まで連れていくと、

「わあ、明るい」

 手を離し、駆け出して、消えた。
 礼も言わずに行くか。
 少し腹が立ったが、まあ、そんなものかとも思う。気にかけるのはやめて、先を急ぐことにした。

 除夜の鐘をつき終えて、手伝いも済ませ、片付けて外へ出ると、あたりがすっかり澄み渡って感じられた。
 来た道を、同じに歩いて帰る。

 神社の脇まで来て、鳥居の方を見ると、初詣の最初の波は引けたらしく、人影はまばらになっていた。
 せっかくなので、挨拶をしていくことにした。

 鳥居の中には、それでもまだ、ずいぶん人がいる。もう少し前に来ていたら、拝殿の前には行列ができていただろう。今は並ぶほどでもなく、それでも数人の背中を見てから、初参りをさせていただいた。

 踵を返し、摂末社にも、と思ったところで、社務所の片付けをしている様子が目についた。人波の引いたところで一度閉めて、早朝にまた開けるのだろう。年いちばんの書き入れ時とはいえ、たいへんなことだ。

 近付いていくと、色とりどりに並べられたお守り袋の横に、陶製の小さなうさぎが並んでいる。つるりと真っ白で、かわいらしい顔、長い耳、紅い目。手のひらにすっぽりと収まるほどの大きさだ。

 みな横向きに、行儀良く並んでいるのに、端のひとつだけが突然、くるりとこちらを向いた。

 連れてって

 これも、縁か。
 片付けの手を止めさせるのは気が引けたが、中をのぞいて声をかけると、こちらを向いた巫女は、見知った社家の娘だった。

「あれ、やだ、びっくりした。あけましておめでとうございます」

 にこにこと笑ってくれる。
 このうさぎを、と言いかけたところで、ぎゅっと眉を寄せ、首を縮めた

「ごめんなさい、お金、しめちゃったの。あ、でも」

 きゅっと、口角が上がる。

「大丈夫。どうぞ、お享けください。五百円、今度来た時に、お納め下さい」

 ぺこりと頭を下げる。
 ご厚意に、甘えることにした。

 間抜けな迷子のうさぎの前に手を出すと、かたかたっと小さく震えるようにしてから、ぴょんと手のひらに乗ってきた。 

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