しきから聞いた話 103 置土産
「置土産」
一年前に亡くなった祖父の部屋に、何かいるようなので見てほしいと頼まれた。
連絡をよこしたのは、大学講師をしている三十代の知人で、父親は別の大学の教授。亡くなった祖父は林業を営んでいた。
家は父が三十年ほど前に建てたもので、その家ができたことをきっかけに、祖父は仕事から引退し、山から離れて同居するようになった。築三十年だから古くはないが、父も祖父も古い日本式家屋を好んでいたので、ゆったりと広めの座敷や、大きな仏間を作った。材は祖父の仕事仲間が選んでくれたということで、ずいぶんと丁寧に建てられた屋敷だった。古臭さは無いものの、何かがいると言われると、何がいてもおかしくはないと返したくなる、そんな家だ。
知人は国文学の研究者、父は文化人類学。父君も知り合いではあったから、知人から連絡がきたとき、教授はお元気かと尋ねると、あははと笑ってこう答えた。
「たぶん元気だと思うよ。二ヶ月前からまたオーストラリアだから、便りが無いのは元気な証拠だね」
そのときのそのやり取りを、こちらは忘れていたのだが、家を訪ねて行って顔を合わせると、まっさきにその話になった。
「やっぱり、親父のものが原因かな。こないだ話した後から、ずっと気になっているんだ」
みなまで喋らずとも、彼の言いたいことはよくわかった。
教授は文化人類学のフィールドワークで、地域に古くから伝わる様々なものを、資料として譲り受け、持ち帰っている。いわゆる呪具や祭祀の道具なども多く、以前からよく見せてもらっている。教授にとっては大切な資料、いやそれ以上に宝物のように大事なものばかりだが、家族にとっては少々、気味の悪さが感じられるのも無理からぬ話だ。
「うちはどうして家族全員が、中途半端に敏感なんだろう。親父がオーストラリアの物をじいさんの部屋に置くようになってから、母親はあの部屋に近付くのを嫌がっているんだ」
そうだ、彼の母親も、そういう人だった。だいたい、彼自身もそうだ。専攻が国文学というと、雅な宮廷物語を読んでいそうだが、彼はもっぱら中世の妖怪譚を研究している。
教授の持ち物は確かに付喪神に好かれそうなものが多いけれど、そろそろ君の蔵書も疑わしいのではないかと言うと、彼は肩をすくめてぺろりと舌を出した。
「まだまだ。俺の持ち物なんて、かわいいもんだよ」
彼が先に立って、祖父の部屋の前に立った。
「やっぱり何か、ざわざわする。変だよね」
何かの気配は伝わってくる。
しかし、そう悪いものとは思えない。
「そう。じゃ、開けるよ」
さっと襖を開けると、中はずいぶんと賑やかなことになっていて、しかし一歩足を踏み入れた途端、すべての動きがぴたりと止まった。
彼は、感じただろうか。
横目で顔をのぞくと、わかるような、わからないような、微妙な顔をしていた。
「何か、いたよね。消えたの?」
大丈夫だよ、と彼を部屋に残して、廊下へ出た。勝手知ったる何とやらで、奥の仏間へ向かう。
燭台にろうそくを立て、香炉と線香も持って、部屋に戻る。
窓際の、祖父が使っていた座卓にそれらを置いて、ろうそくに火を点け、彼の目の前の空間をつるりと撫でる。
少しだけ、目を開けてもらおう。
「わっ」
かれの目には、どう見えるだろうか。
「この、ふわふわした丸いもの、何」
すぐには答えず、彼と一緒に、彼が見ているもの達の想いを受け取る。
「丸と、四角と、三角。これって、付喪神?」
彼が四角と三角と言ったものは、確かに付喪神のようなものだろう。どうやらこれは教授の宝物、呪具や祭祀の道具についてきたもの達のようだ。
「丸いの、俺、子供のときに見た気がする。山の、じいさんの仕事小屋で」
ご名答。
七つ八つ出てきている四角と三角にくらべて、丸は小さいが数が多い。二十くらいはあるだろうか。人によっては、これを木霊と呼ぶだろう。
おそらく、最近になって突然出てきたものではあるまい。ずっとここに、祖父と一緒にいたのだ。静かに、仲良く。
しかし、祖父が亡くなり、父の宝物道具達がやってきて、流れが変わったのではないか。
「親父の道具が、良くないってことか」
そうではない。
彼の目にこれらは、良くないものとして見えるだろうか。
「いや、そんなふうには見えないな」
仲良く、遊んでいるようにも見える。
ろうそくから線香に火を取って、香の煙がすうっと上がると、彼らはくるくると回り始めた。
これで窓を開ければ、出て行きたいものは皆、出て行くだろう。
どれも悪いものではない。怖いものでもない。
そう言うと、彼はすっきりしたような顔になって
「好きにさせておこうかな」
と言った。
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