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しきから聞いた話 129 冬至団欒

「冬至団欒」

 遠い山並みをのみ込むように、鈍色の雲が流れていく。
 収穫を終えて広々とした畑を、身を切るような北風が吹いている。

 首を縮め、背を丸め、小さな橋を渡って、ようやく集落の中へ入った。ここまで来れば、風に追われるような心持ちが和らぐ。

 集落は十数戸が集まっただけのものだが、そこから小さな丘を越えると、駅まで新しい住宅が増えてゆく。駅と集落を結ぶ県道を、そのまま山の方へ向かうと、地場野菜の直売所があり、なかなか活況のようだ。集落そのものに大きな変化はなくとも、人が動くと風が流れる。人の歩く速度で、時が流れる。
 肌に馴染んでいくような、居心地の良い場所になっていると感じられた。

 この日は山の方に住む知人に会い、帰り道、北風に吹かれながら畑道を歩いた。集落に入って歩調が緩み、縮んだ首も伸びてきた。あたりを眺める余裕も戻ってきたところで、右手の生垣の脇に、野菜が置かれているのが目に留まった。

 ずいぶんと年季の入った木の机の上に、これまた年代物と思われる、白茶けた棚が乗っている。
 机の下に泥ねぎが寝かされ、机の上には大根、人参。棚の中には小松菜や菊菜が並んでいた。
 机の端には、招き猫の貯金箱が置かれている。
 お代はこちらへ、という心だろう、しかし、野菜達に値札は付いていない。

 根菜類は重いので、葉物でもいただいていこうかと見回し始めたところで、足元から声がした。

「すみません、わたしを上にあげてもらえませんか」

 机の下、少し奥の方をかがんで見ると、緑色の濃い、かぼちゃがひとつ、転がっていた。

「割れていません。傷もありません。落ちたんじゃなくて、家の主人が、上にあげるのを忘れたんです」

 拾い上げてみると、大きさこそ片手に乗るほどの小ぶりだが、ずっしりと実が詰まって、出来の良さそうなかぼちゃだ。ほくほくして、甘みがふわっと口に広がりそうだ。

「わたしは美味しいですよ、よかったら是非」
「わたしも。わたしもその上に乗せて下さいな」

 かぼちゃの言葉をさえぎるように、頭の上からきんきんと声が降ってきた。見上げると

「お忘れじゃないですよね、今日は冬至ですよ。わたしと一緒にお風呂で、ぽかぽかに温まりましょう」

 ゆずだ。しかも、頭上の枝になったままで話しかけてくる。
 さすがに、木から摘むのはまずい。それは泥棒と同じだ。
 そう説明するとゆずは

「まったくこの家の人達は、気が利かないんだから。今日のわたしを忘れるなんて、だったら、いつ出番があると」
「正月の、雑煮の吸口だね」

 そう言ったのは多分、目の前の大根だ。

「大丈夫よ、そこに居れば、日持ちするから」

 隣りの人参。

「ああ、そしたらついでに、わたしの向きを変えてくれないかね。頭の、青い方がよく見えるように」

 足元の泥ねぎに、頼まれた。

 なんとまあ、よく喋る野菜達か。
 しかし、彼らの心持ちは皆、温かい。

「いちいち聞いてたらきりがないよ。いいから、欲しいものだけ連れて帰りな。早くしないと日が暮れる」

 しまいには、机の端の貯金箱、招き猫にそう言われた。

 そうだ。冬至だ。
 陰気の極まる今宵。
 さて、どれを連れて帰って、温まろうか。

 明日からは、陽気が増してゆく。

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