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少年への性的虐待とその影響〜性的虐待を受けた少年たち ボーイズクリニックの治療記録読んで〜

少年への性的虐待は、少女のそれと比べて話題にならず、また問題にもされにくいものです(ジャニーズの件はそれを一変させるのかもしれませんが)。

今回は、少年への性的虐待の実態と少年への影響について、そのことが詳しく書かれた本から要約して紹介したいと思います。

本の名前は『性的虐待を受けた少年たち ボーイズ・クリニックの治療記録』です。スウェーデンから出版された本です。

著者の2人は心理療法士であり、スウェーデンの男性や少年の性的被害者を対象とするボーイズ・クリニックに所属しています。少年がどのような性的虐待を受けているか、そしてその治療の過程について詳しく書かれています、

※2008年に発行された本であるために情報が古い可能性があります。ご了承ください。


少年への性的虐待の実態

「少年は傷つかない」という“神話”

国際的な研究の多くは、子供時代に何らかの性的虐待を受けた人の割合は、女性が15%から30%、男性は5%から15%であるとしています。

男性の性被害は数値的に見れば女性よりも少ないですが、実態は、それよりもさらに多いのではないかと考える専門家もいます。男性が性被害に会うことなどないはずだ、と言う思い込みが社会に浸透し、男性自身も、それを内面化していることが多いために、実際に被害を受けたとしても、それを被害として認識しないことがあると思われるからです。

男性は、被害にあったことに対して、女性以上に、羞恥心を強く持ち、自らの被害者性を露呈することに抵抗感じることが多いです。それ故、被害にあっても、無意識的にそれを否認したり、「大した事ではない」と思い込もうとする傾向が強いです。また、早期の性体験が過剰に価値付けられているために、年長の女性から強要された性的行為を「幸運な出来事」とみなしてしまうこともあります。

例として何年もの間、自分の娘に性的虐待を行っていた、ある男性は、虐待について話す中で、次のように語ったそうです。

「君たちはわかっちゃいない。俺にとって、セックスは全く自然なものなんだ。俺はセックスしながら大人になった。俺が小さかった頃は、みんなが自分のいちもつを握ってセクシーな合図をしていたものさ。初めてセックスをしたのは隣の家の奥さんとで、俺はその時7歳だった」

p.63

この男性は、自らの娘に性的虐待を行う加害者であるとともに、幼い頃、女性から明らかに性的虐待であると思われる行為をされていました。そして、この男性は、それを性的な初体験ととらえていたのです。

性暴力の被害者になると言う経験は、少年にとって非常に恥ずかしいことです。またそれは伝統的な“男らしさ”から、あまりにも隔たったものでもあります。性的虐待経験について語る事は、男性としての自覚を揺るがせるに等しいといえるでしょう。そして実際には、無力な被害者であったにもかかわらず、自分から積極的に行動したのだと思い込むこともあるそうです。

少年と少女の違い

苦痛や精神的ダメージに関しては、少年と少女とで受ける苦しみの大きさの違いを測定するのは不可能であると本書では書かれています。

しかし、性的虐待を受けた少年が性的加害者になる可能性は少女に比べて格段に高いそうです。

ワトキンスとベントヴィムは性的虐待についての少年少女間の体系的比較分析(Watkings  & Bentovim, 1992)を行い、この研究をもとに以下に示すような仮説を導きだしています。これについては、少年たちを治療してきた著者も納得できるものであるとしています。

性的虐待を受けた少年は、性的虐待を受けた少女に比べて…

・年齢が低い。
・身体的虐待も同時に受けていることが多い。
・強制的に虐待を受けていることが多い。
・人に話したがらない。
・身体的外傷があることが多い。
・マスターベーションを強要されることが多い。
・肛門への虐待を多く受けている。
・接触のない虐待を受けることは少ない。


性的虐待を受けた少年についての要点と治療

ボーイズ・クリニックにおける、少年への性的虐待の要点を以下に載せておきます。

①少年たちは、多様な形態の性的虐待を受けている。

②虐待を受けた少年の多くは1人親家庭で暮らしている。

③ほとんどの虐待が7年生(スウェーデンの義務教育は9年制)になるまでに起こっている。

④複数回虐待を受けていることが多い。

⑤少年への性的虐待は、しばしば身体的な虐待を伴う。

⑥性的虐待は、被害者である少年に大きな恐怖をもたらす。

⑦一般に、性的虐待を経験してから、専門家の治療を受けるまでには、長い時間がかかる。

⑧加害者だと推測される人物が虐待を認めないことが多い。

⑨加害者との関係が近いほど長期間の治療を要する。

⑩実の親による虐待は、就学前に始まることが多い。

⑪親による虐待は繰り返されることが多い。

⑫子供に関わる専門職、あるいはボランティアによる性的虐待が、7歳から12歳にかけて起こりやすい。

⑬子供に関わる専門職、あるいはボランティアによる性的虐待は、複数回起こることが多い。

⑭子供に関わる専門職、あるいはボランティアによる性的虐待は、身体的な暴力をともなわないことが多い。

⑮子供に関わる専門職、あるいはボランティアから性的虐待を受けた場合、家族による虐待と同程度の症状を示す。

⑯子供に関わる専門職、あるいはボランティアによる性的虐待は、親による虐待に比べて、有罪判決を受けることが多い。

⑰少年が見知らぬ人物から虐待を受けた場合、警察が加害者を逮捕する可能性は少ない。

⑱見知らぬ人物から虐待を受けるリスクが最も大きいのは、7歳から12歳までである。

⑲見知らぬ人物による身体的暴力としては、抱きついて、身体を拘束するものが多い。

⑳見知らぬ人物からの虐待は、子供に甚大な恐怖心を抱かせる。

㉑見知らぬ人物から性的虐待を受けた子供は、概して、長期間の治療を要しない(ボーイズ・クリニックでは13人の子供のうち、8人が6ヶ月以内で治療を終えている)。

㉒見知らぬ人物に、性的虐待を受けた子供は、家庭に両親が揃っていることが多い。

㉓加害者が子供である場合、虐待行為が苛烈であることが多い。

㉔子供の加害者は、大人の加害者よりも虐待を認めやすい

㉕加害者が子供である場合、概して被害者とは概知の関係にある。

治療の焦点

ボーイズ・クリニックでは虐待にあった少年に対しての治療のステップは4段階に分かれるそうです。

・虐待について語る
虐待を受けた子供は、精神を保護するために解離が生じることが多い。それはさまざまな日常生活に支障をきたすことになる。
子供が現実を現実として認識するために、さまざまな方法(言葉だけでなくボディーランゲージや絵を描く、人形を使うなど)で子供達に虐待を語ってもらう。
・感情を表現する
子供達に虐待にまつわる感情を表現してもらう。ボクシングのグローブや玩具の剣、棍棒などでマットレスを叩いて、怒りの感情を思う存分吐き出してもらう。
・拒否する/境界を引く
虐待をうけた少年たちは、身体や精神をなんらかの方法で侵害されている。個人的なテリトリーを侵害されると、今度は自分が他者のテリトリーを侵害してしまう危険が高まる。それを防ぐ為に、身体のプライベートな領域や境界、生活におけるプライベートな領域や境界に関する感情を確認し表現する教育をする。それを通して相手の身になって考える事を学ぶ。
さらに少年たちの多くが、自分たちの身体についての知識をほとんどもっていないために、性に関する基礎的な教育をする。
・受け入れる
虐待をうけた子どもたちも最終的には、虐待の事実を受け入れ過去のものとしないといけない。虐待をいいわけにして、子供の能力を奪うほどの過保護をしてはいけない。社会人としての生活力や常識を身につけるようにする。
少年たちは異常な行為の被害者であったとしても、彼ら自身が異常なわけではないし、自分たちを嫌悪する必要もない。この事を強調するために、療養士は少年たちと趣味や将来のことについて会話をする。異常な経験をしたとしても、普通の少年としての感情をもち、良い生活をおくることができるという希望を絶やさないようにする。

※ちなみに、虐待を受けた少年は、多くの場合、男性から性的虐待を受けているため、男性不信に陥っていることがあるそうです。それでも、少年の将来の理想的なモデルとなる為に、成人男性が治療に携わる事は効果的だとのことです。

次に、虐待者を属性ごとに紹介します。長くなってしまうため、今回は、男性(父親)、ペドフィリア、女性(母親)に絞って紹介します。

男性、父親からの虐待


少年たちが性的虐待について語らない理由の1つとして、虐待者の多くが男性だということがあります。少年たちの多くは、自分は同性愛者なのではないか?という懸念を私たちに訴えてくるそうです。その時の加害が快楽をもたらすものであった場合には、少年たちは、こうした懸念にいっそう悩まされることになります。

さらに、父親からの性的虐待を受けた少年たちは、縛られる、殴られる、タバコを押し付けられるなどの直接的な暴力も受けていたそうです。

虐待を受けた少年たちの中には、激しい自傷行為を繰り返したり、また母親に対して暴力を振るうようになったりする子もいたそうです。さらに、幼い子供が使うとは思えないような、下品で卑猥な言葉を使うようになった子もいました。

「『ファック・ユー』って、どういう意味だか知っているかい?」
彼は英語のフレーズを使って尋ね、自分でこう答えた。
「やっちまうぞ、ってことさ」
「僕はパパのおちんちんを吸ってたんだ。ううん、本当はおちんちんじゃなくて、そこから出てくる粘っこいやつさ」

p.68

父親から虐待を受けてきた7歳の少年はボーイズ・クリニックにて、上記のような発言したそうです。それは感情を欠いており、相手を呆れさせるような、あまりにも卑猥な口調であったそうです。


父親からの虐待の実例

実の父親から長年性的虐待を受けていた、ベルティルという男性は「父はヤヌス(二つの頭をもつローマの神)であった」と言ったそうです。父親はアルコール中毒で、酒を飲むと、子供のベルティルを殴り、眠っていれば性的に虐待したそうです。部屋にやってきて、ベッドカバーを足元の方からめくり、足先から股間まで舐め回されたそうです。

その虐待行為の帰結として起こったのは、父親像の分裂でした。彼にとって父親は尊敬できる男性であるとともに、自らを性的に加害する悪魔としての二面性を持った存在だったのです。

ベルティルは父親からの虐待を母親に打ち明けることは出来なかったそうです。そして後に姉にそのことを打ち明けましたが、空想だと思われて信じてもらえませんでした。さらに後に相談した女性セラピストの対応も真摯とはいえず、男性はそれらの経験から、男性不信になると同時に女性不信にもなりました。

ベルティルが父親から性的虐待を受けていた時、彼は自分を人間ではなく、単なる「棒切れ」に変えていたそうです。苦痛に耐えるための盾として、感情を遮断していたのです。大人になっても彼は同じことを続けて、誰かと親密になることを避け、決して他人を信じようとしないそうです。

彼は孤独であり、男性とも女性とも性的関係を持つことができていないそうです。

なぜ虐待するのか

ボーイズ・クリニックのところに来る少年たちのおよそ4分の1が、実の父親から性的虐待を受けているそうです。自分の子供を痛めつける父親の行動要因はもちろん多種多様ですが、こうした行為はある種の歪みの表れと見ることができるそうです。例えば、子供の頃に、性的虐待を経験した場合、抑圧するしかなかった悲しみや様々な感情が後に激しい怒りとなって現れ、歪んだ行為に結びついていく可能性があります。

父親が自己を最も強く同一化できるのは、自分の息子です。したがって、父親が自分の抑圧されてきた感情を、最も投影させやすい息子に対してぶつけるのです。

ペドフィリアからの虐待

ボーイズクリニックを訪れる少年たちのおよそ25%は、子供に関わる仕事(教師、保育所の職員、スポーツのインストラクターなど)をしている人物から性的虐待を受けているそうです。警察による捜査や司法判決に加え、子供自身の語りからも、こうしたケースの虐待者は、ペドフィリアの指向を持つ男性であるとのことです。

加害者が見知らぬ人物である場合、4分の3の確率で後に深刻な症状が現れ、心的外傷後障害を引き起こしているそうです。

対処療法

ペドファイルが子供への性的虐待で告発された場合、その人物は複数の子供に虐待行為を行っていた可能性が高い、とのことです。ペットファイルが複数の子供を虐待する状況を、英語では「セックス・リング」と呼んでいるそうです。

セックス・リングを発見したときに、最初にすべき事は、共同の家族面接を実施することだそうです。面接には親だけではなく、虐待された子供全員が出席し、警察官が同席することも治療の観点から極めて重要です。なぜなら、警察官は虐待行為について事実に基づく報告をしてくれるからです。警察からの報告は家族が虐待の全容を知る助けとなります。

しかし、これには問題があります。同じ虐待者から虐待を受けていた子供たちであっても、お互いを知らないこともあるのです。虐待された子供たちは、面識のない同世代の少年にそれを知られること、そして同性愛者だとからかわれることを極度に恐れています。さらに、虐待者のペドファイルが暴力を振ったりしなかったり、金銭の授与がらあった場合、子供たちは共犯意識を強く持っています。それ故、そうした子供たちは、同じ経験をしていたとしても、他の子供たちに虐待の事について話すのを嫌がるのです。

その為、ボーイズ・クリニックではセックスリングに巻き込まれた子供たちをさらに小さなグループに分けるという工夫をしているそうです。虐待の秘密を共有している子供たち同士であれば、治療はすすめやすいそうです。

実例1

10歳の少年の実例では、母子家庭で育っていた少年は、ベビーシッター代わりの隣人男性から数年間にわたって、深刻な性的虐待を受け、それをビデオ録画までされていたそうです。少年はマスターベーションを動画に撮らせる代わりに、おもちゃとお金を受け取っていたそうです。少年は悪いことをしている、という自覚はあったものの、断ると男性から暴行を受け、母親に相談すれば叱られると思い、10年間誰にも言うことができなかったそうです。

実例2

もう一つの事例では、10歳から13歳までの少年達に性的暴行を行なってきたロンと呼ばれる男性が紹介されています。彼は、余暇活動センターの指導者として、長年少年達との活動に時間をあてていたそうです。親たちはロンのことを頼りがいのある大人の男性だとして、全面的に信頼していました。とりわけシングルマザーにとってロンは、繊細な年齢にある少年たちにとって、理想的な男性役割を示す模範的モデルである、と考えられていたそうです。

ロンは、虐待が発覚した後に、子供たちの親に対して手紙を書いたそうです。その手紙の内容は、一見自らの過ち(虐待)のことを反省しているように見えるが、その実、言い訳に満ちていたとのことです。具体的には、ロンは子供たちとの関係の良い面の方が悪い面よりも重要であったと思っていて、不公平な判決を受けたと感じています。彼は、自分がしたことの良い面について語るときには、人は分別のある人物だと言うことを示そうとしていました。

一方、虐待について語る時には、彼は「一緒に」、「共有して」、「分かち合って」と言う言葉を使って、子供たちにも責任があるように仕立てて、それによって彼自身の責任を軽減しようとしていたそうです。つまり、性的虐待について語るときは、責任ある主体として表そうとはしないのです。


ペドフィリアとは何か なぜ虐待するのか

ペドフィリアとは、一般的に13歳以下の子供を対象とする性的嗜好を意味し、ペドファイルは小児性愛者そのものを指します。ペドフィリア的な指向はいかなる要因で生じるのか。これには様々な説があります。ただし、生物学的逸脱であると言う考えを支持するような調査結果は、今のところ皆無であるとのことです。つまり、生物学的、神経学的、あるいは遺伝子的要因のいずれも証明されていないそうです。

本書では、その要因として、未解決の内的葛藤の表現である、不安を緩和する方法である、失ったことを埋め合わせたり、失敗や欠点を補ったりする一時的な試みであると言う解釈を紹介しています。

アメリカの精神科医、ウィリアム・グラッサーは、自我の相対的統治と固定化のために生じる逸脱的精神構造を「原発性ペドフィリア」と呼びました。これはさらに「不変性ペドフィリア」と「擬神経症性ペドフィリア」とに区別されるそうです。

もっぱら子供に性的関心を抱く人は不変性ペドフィリアであり、その多くは男性であり、その対象はほとんどが少年となります。擬神経性性ペドフィリアは一見すると成人を性的対象とする正常な人物に見えますが、性的不能、無気力や不安といったような断続的な困難を抱えているそうです。ペドフィリア的な衝動を行動に示すことが時々ありそれを深く恥じいていますが、その根本は典型的なペドファイルであるそうです。

不変性であれ、擬神経症性であれ、ペドファイルが心の中で描く自己イメージは「内密に暴行受けた子供」であるそうです。彼らは子供たちを過度に理想化します。その子供たちに、自分の性的欲求を投影させることで、自分の脆弱性と怒りを乗り越えようとするそうです。

ペドファイルは深刻な精神障害だと本書では断言されています。ただし、ベッドファイルの中には、自らの指向を実際に行動に移す人物もいれば、そうでもない人物もいます。自らの衝動きちんと抑えている人は存在するし、自発的に専門家に助けを求めるものもいると、本書では続けて書かれています。

女性、母親からの虐待

男性被害者のおよそ20%は、女性から虐待を受けています(Fergusson & Mullen, 1999)。ボーイズ、クリニックのデータでは、少年被害者のうち10%が女性から虐待を受けていたそうです。

その虐待者は、実の母親、祖母、代母(キリスト教の一部の宗派において、洗礼式に立ち会い、神に対する契約の承認の役割を担うもの)、母の友人などです。女性による性的虐待は、男性による虐待よりも理解が難しいとされています。その理由として、私たちは、男性が虐待や裏切り、そして衝動的行動をとることにはなじみがありますが、女性が同様の行動を取り得ると言う事実は、私たちの最も深い心性と観念をくつがえしてしまうからである、と本書では述べています。

母性は、社会に最後に残された砦ともいうべきものであり、私たちはそれが崩壊するのに耐えられないのだ。

p.97

女性による子供の性的搾取は、どれくらい起こっているのか、これについての調査結果は様々です。この領域の第一人者であるファーガソンとミューレンの研究(Fergusson & Mullen, 1999)によれば、少年への性的虐待の5分の1 (およそ20%)が女性虐待者によるものであるとされています。

さらにある国際調査では、有罪判決を受けた性犯罪者とレイプ加害者のおよそ半分が、子供の頃に性的虐待を受けた経験があり、そのうち25%から59%が女性による虐待であったことが明らかになっているそうです。女性への性暴力で有罪判決を受けた男性の59%は、女性による性的虐待の被害者でありました。このケースのみ、男性による虐待よりも女性による虐待の方が多く生じているそうです(Saradjian, 2001)。

有罪判決を受けた性犯罪者に女性による性的虐待の被害者が多いからといって、それを一般化することはできませんが、少なくともこの調査結果は、女性による性的虐待をもっと深刻に捉える必要があると言うこと、そして男性の被虐待経験とその後の性犯罪との因果関係を少なく見積もってはならないということを表している、と本書では述べています。

さらに、本書によれば、女性による性的虐待は、男性による性的虐待と比べて以下の点が異なるとしています。

・女性の性的虐待は内密にされやすい(身体的、情緒的ケアとして男性のそれよりも覆い隠しやすい)。

・法廷において、女性虐待者に対する判決では精神治療が提供されることが多く、男性に比べると、その判決は厳しいものではない。1990年から1994年までにスウェーデンにおいて15歳以下の子供への性的虐待容疑で告発された女性は110人であったが、そのうち有罪判決を受けたのは17人であり、そのほとんどに執行猶予がついたとのこと(Fällman, 1996)。

・女性が子供に対して性的な暴行を行う時、対象は自身の子供であることも多い。また、母親から性的虐待を受けていた被害者の治療に際しては、虐待者が母親であるというだけで、子供への害が否認されていたり、軽視されたりすることがよくある(Saradjian, 2001)。

・社会は、女性虐待者が存在すること、それが危険であることを認識したがらない。あるいはそれを受け入れられない。女性による子供への性的虐待は、社会的に構築された女性像の許容範囲を超えているために、想定外の事とみなされ、私たちの精神に大きな不安をもたらす。それ故、私たちはその事実を否認したり、別の説明を探したりして、自らの世界観を安定的に保とうとするのである(Saradjian, 2001)。

・男性被害者が自らの被害経験を、「早熟」、あるいは「生に対する好奇心」とゆがめて解釈しているケースが多々ある。「僕は子供にしては、以上に性欲が強かった」といった表現が使われたりもする。

臨床医であり、研究者でもあるジャッキ・サラジャンは、母親から性的虐待を受けた子供と父親から性的虐待を受けた子供との間には、相違点よりも共通点の方が多いと主張しており、これは、ボーイズ・クリニックで少年たちの治療に携わってきた著者達の見解とも一致している、とのことです。

母親からの虐待の実例

母親による虐待の一例として、マーティンという少年のケースが紹介されています。マーティンは、3歳になるまで母親と父親と3人で暮らしていました。

母親は精神疾患に伴う衝動を息子にぶつけていました。育児は性的な色合いを帯び、ペニスを撫でたり、息子に自分の性器を撫でさせたりしていました。赤ん坊のペニスを勃起させて、自分の膣に挿入しようとしたり、排泄物を擦り付けてそのまま放置したりもしていました。マーティンは外出するときには、他の子供と接触する事は全くありませんでした。3歳になってもほとんど歩くことができず、話すこともできなかったそうです。父親は虐待について見て見ぬふりをしていました。

両親がともに精神疾患を抱えていたため、マーティンは3歳の時に里子に出されました。里親のもとに送られたマーティンは、バルコニーから飛び降りようとしたり、ナイフで自身のペニスを切り取ろうとするなどの自傷行為に及んだようです。さらに、養父母の目の前で暴れまわって、激しくマスターベーションをすることもありました。

養父母は、彼が性的虐待を受けてきたのではないかとは考えました。しかし、実の母親が虐待をしていたとは夢にも思わなかったそうです。養父母はまず、母親のところに行ってその疑惑を告げました。すると、母親は自らの虐待をマーティンが話したのだと思い込み、自分のしたことを告白しました。それにより、初めて実母の虐待が明らかになったそうです。

「私の中に二人の人がいるみたいなんです。ときどき自分をコントロールすることができなくなって、悪いことをしているとわかっているのにやめられないんです」

p.106

マーティーの母親は、性的虐待をしているときの気持ちを上記のように語ったそうです。

なぜ虐待をするのか

サラジャンによれば、子供性的な虐待する女性の圧倒的多数は、虐待行為をしているときに、精神に異常をきたしているわけではなく、酒によっていたり、薬物を服用していたりするわけでもないそうです。また、年齢や社会階層、学歴、婚姻の、雇用形態等の偏りもありません。あらゆる形態の性犯罪を犯しうるし、どのような子供が虐待の対象になるかと言う点に関しても、年齢や外見、気性の好みに傾向はあるようですが、その傾向に必ずしも限定されているわけではありません(Saradjian, 1996)。

また、女性虐待者の全体の66%から100%が、自身が子供の頃に性被害に遭っているという調査結果もあります(Saradjian, 2001)。

サラジャンは、虐待の主たる原因について、以下のような意見を述べています。

・私たちの文化における一般的な女性への期待、あるいは社会的信頼。

・母親が子供を自己から切り離し別人格として認めることが通常の範囲を超えて困難である場合、母親は子供との関係における通常の性的境界を超える。

・性的虐待が母性愛にもとづいて行われ、虐待行為以外に子供への接し方を知らない。

秘匿される母親の性的虐待

母親による性的虐待のケースは、基本的に長期間にわたって行われていたものが多く、何年も続いたものも少なくなかったそうです。そのような虐待は、子供がごく幼いうちに始まったそうです。それにもかかわらず、裁判で有罪になることも治療プログラムが提供されることも少ないそうです。

スウェーデンの刑務保護観察国家委員会の統計でも、1986年から1992年までの間に性的虐待で刑務所に収監された女性は、年平均でわずか2人であったそうです。母親から性的虐待を受けた子供が自分からそれを報告する事はなく、すべての事例において、虐待に気づいた周囲の人物が子供を説得して話をさせていたそうです。

その為、性的虐待を受けた少年たちの中には、行為の異常性に気づくことができず、家庭内の病的な世界を正常な状態だと思い込み、外部の健全な世界を異常だと認識するケースも見られるそうです。

総括


これまで書いてきたことをまとめたいと思います。
 
・少年への性的虐待は、「男性が性被害に会うことなどないはず」という思い込みが社会に浸透しているために、虐待被害を被害として認定されないことが多い。

・その為、少年への性的虐待は統計よりも多い可能性がある。

・性暴力の被害者になると言う経験は、少年にとって伝統的な“男らしさ”からあまりにも隔たったものでもあるために、性的虐待経験について語りたがらないことが多い。

・少女に比べて、少年への性的虐待は身体的暴力を伴うことが多い。

・性的被害を受けた少年は適切な治療を受けられなかった場合に、将来、性加害者になる危険性がある。

・虐待者が男性であった場合、少年は、自分が同性愛者なのではないかと悩むことがある。

・虐待者が父親であった場合、その性的虐待は、直接的な暴力を伴うことが多い。

・虐待者が女性であった場合、少年はその経験を、「早熟な性の記憶」、「幸運な記憶」として歪めて解釈することがある。

・加害者が男性であれ女性であれ、被虐待者の少年への影響は深刻であり、自傷行為に及ぶことすらある。

・ペドファイルからの虐待の場合、子供に関わる仕事をしている人物であることが多く、親から社会的信頼を得ている場合が多い。

・特に母子家庭の母親からすると、虐待者は表向きは、息子にとっての理想的な男性モデルケースを演じていることが多く、母親は何の疑問も持たずに息子を預けている場合が多い。

・ペドファイルからの性的虐待は、身体的暴力を伴わないことが多い。

・さらに金銭の授与があることも多いため、少年も共犯意識を持ち、親に言えないことが多い。

・性的虐待をしたペドファイルは、自らの過ちを認めたがらずに少年に責任を転換する傾向がある。

・虐待者は男性が多いことも確かだが、女性虐待者も10%から20%の割合で存在する。

・女性虐待者の多くは実の母親であることが多い。

・女性虐待者は男性虐待者に比べて秘匿されやすく、起訴されても、有罪になることが少ない。

・女性への性暴力で有罪判決を受けた男性の59%は、女性による性的虐待の被害者であるという調査結果があることからも、女性からの性的虐待を軽視するべきではない。

終わりに

光市母子殺害事件をご存知でしょうか?詳細はリンク先に書いてありますが、18歳の少年が主婦と長女を殺害しその後、主婦を死姦した事件です。

犯行の残虐さと、犯行当時、犯人が未成年であったこと、そして犯人の「押し入れに(長女を)入れれば生き返ると思った」などの発言から有名になった事件です。犯人は死刑が確定しています。

なぜ犯人がこのような凶行に及んだのか、その原因についてよく取り沙汰されるのは、実の父親からの幼少期からうけた暴力です。実際に犯人の父親は素行に問題があった人物であるといわれています。確かにこれは大きな要因になったのでしょう。

しかし、あまり知られてはいませんが、犯人は少年時期に実の母親から性的虐待を受けていました。母親は夜な夜な少年の寝床に潜り込み「生まれ変わったら結婚しよう」「あなたの子供がほしい」と囁いていたそうです。

母親の行為を「性的虐待」とまでいえるのか?という疑問はあると思います。しかし、本記事で紹介したボーイズ・クリニックの基準に照らし合わせれば、犯人の母親のした事は、確実に性的虐待であったといえるでしょう。

私個人としては、死刑判決は妥当であったと思います。幼少期に虐待を受けていたからといって、犯人が免罪されるべきだとは思ってはいません。

しかし…。今回紹介した『性的虐待を受けた少年たち』を読む限りでは、もし犯人が幼少期に親から引き離されて適切な治療を受けられていたのであれば、この悲惨な事件は起こらなかったのではないか?と思ってしまうのです。

父親からの直接的な暴力に加えて、母親からの性的虐待が、犯人の人格形成に多大な影響をもたらし、最終的に凄惨な行為に及んだとしたならば、次の被害者を出さないためにも、そして、虐待を受けた少年を加害者にしないためにも、少年の性的虐待を軽視すべきではないと思う次第です。

日本においても、少年への性的虐待についての正しい知見が広がることを願います。

最後までお読みいただきありがとうございました。




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