見出し画像

マフラー(1分半で読める小話)

ブラジャーを付け始めて間もない頃、月刊ゴング(プロレス専門誌)を定期購読していた。お目当てはハルクホーガン。アックスボンバーを繰り出すあの腕で、お姫様だっこをされるのが夢だった。

そんなある日、月刊ゴングの記事で、彼が近々来日することを知った。札幌巡業もあるらしい。「まぁ大変。フロリダ生まれの彼が、亜寒帯の北海道で風邪を引いたらアカンたい(寒)」そんなことを独り言ちながら、私はマフラーを編み始めた。

二目ゴム編みにしたらアッという間に形になったので、その勢いで新日本プロレスに電話。来日スケジュールを聞いたところあっさりと教えてくれて、しかも東京に滞在するのは日曜だということがわかり。これはもう入り待ちをするしかないと思った。

思い立ったら即行動だったあの頃。当日の朝はしっかりと京王プラザホテルのロビーで待機していた。しかし、1時間もするとかなり居ずらい雰囲気。受付のお姉さんが怪訝そうにこちらを伺っていたから。家出娘と思われてるかも、迷子だと思われてるかも、やっぱり帰ろう、そう思った時だった。

自動ドアの向こうに、図体の大きなシルエットが現れた。逆光で顔は見えなかったけれど、動物的な直観で走った。タッ、タッ、タッ、タッ。近づいて目視確認。あぁ、やっぱり彼だ。誰がどう見たってハルクホーガンだ。なのに私は白々しくこう切り出した。

「エクスキューズ・三― アー・ユー・ミスター・ハルクホーガン?」

すると、イエス様のようなお顔立ちの彼が、低くて優しい声で答えた。

「イエス」

ずきゅーん。その瞬間、用意してきた英語の台本がすっかり飛んでしまった。もう何をどう話したらよいのかわからない。図体に似合わず優しい彼は、「どうしたの?何が言いたいの?」という感じで首をかしげている。すると

「ファッツ・アップ?」

と言いながら、白いスーツを着たデブの黒人が近づいてくる。彼のSPかと思いきや、そのおでこの傷を見て私はひきつけを起こしそうになった。ブッチャーじゃないか。ギャー。

「ヘイヘイ フーズ・ザット・ガール?」

とか言いながら、他のレスラーも寄ってくる。えぇ?普段はみんな仲いいの?もう驚きの連発である。これ以上ここにいたらおもらしをしてしまう、そう思って英語は諦めることにした。そして、持ってきた包みを無言で差し出した。アメリカでは口の大きな女性がモテルと聞いていたので、思いっきり口を開けて笑顔を作りながら。すると

「オー、プレゼント・フォー・三―? サンキュー」

と言って受け取ってくれたではないか。やった!しかも、夢のお姫様だっこではないものの、肉厚な手で握手をしてくれた。やったー!やった-!ブッチャーも他のレスラーも「ホッホー」とか言いながらを拍手をして一緒に喜んでくれた。

一月後、私は高鳴る胸を押さえながら、月刊ゴングの新刊号を開いた。そこには、札幌巡業のレポが載っているはずだ。私のお手製マフラーを巻いている彼の写真があるかもしれない。さぁどうだ、さぁどうだ。

あっ…

「北海道でも元気なホーガン」という大きな見出しの下、吹雪の中で、一番Tシャツを着て、ヘラクレスポーズをとっている彼の勇姿が映っていた。

いらなかったね。マフラー。

(おしまい)


★追記★

寒くなってきましたね。マフラーを箪笥から引っぱり出したら、楽しい思い出も一緒に出てきたので、文章にしてみました。あの時の面白さが、半分くらいでも伝わるとよいのですが。

写真は、湯治で訪れた草津で撮影したものです。