世界をつくる糸【池内晶子】
糸を結ぶ
展示室に入ると突如出現した水面。
水面の真ん中は床に向かって流れるように落ちている。
糸を結ぶことでできた水面は、赤く、血のような色であり、ふわりとした質感と緊張感を併せ持つ。
はたまた違う展覧会では部屋の中央に一本の糸がつってあり、それは室温や空気のながれによって揺れ動く。
人が近づけばふわりと離れるように動き、そこに目には見えない空気の流れがあることを意識させる。
彼女の作品を見る時、ただひたすらに見ることを要求させられる。
たとえば、空間に漂う一本の糸が見えるかどうか、糸の結び目が見えるだろうか、とか。
自分の感覚を研ぎ澄まして、目を凝らす。
その瞬間が日常にどれくらいあるだろうか。
作品との出会い
彼女の作品を初めて見たのはgallery21yo-jでの展示にて。
そのスペースは高い天井が斜面になった不思議な形をしている。
窓も大きく、外光がよく差し込むので、作品の展示用に設計したのではなく、民家をリノベーションしたような雰囲気の建物である。
そしてそのギャラリーでは小規模ながら魅力的なアーティストの展示が行われている。
目を凝らす
自由が丘駅から坂道を登って様々なアーティストの展示に訪れた。
その中で一番印象に残っているのが、彼女である。
展示室に入った時の衝撃をはっきりと覚えている。
作品が目視できず、ただただ空間が広がっていたからだ。
「?」と思いながらスペースの中央に歩みを進めてもよくわからなかった。
私は展示室を見にきたのかな、と思いながら注意深く空間を見ていると、向かいの人に重なった一本の微かな糸の存在に気づいた。
この展示とは勝負に出たな、という感想だった。
一見して何者か気づかずにスルーされることもありうる作品だ。
しかし彼女は空間にたった1本の線を引くだけというシンプルな作品で空気や気配、湿度や鑑賞者の間に介在する要素を作品に見事に取り込んでいた。
その後に出会ったのが赤い水面の作品である。
繊細さはそのままに線を組み合わせてこんな複雑な水面を編んでいた、ただただ驚きだった。
水平線とも滝が落ちる光景にも見える。
紙に線で描くこととは訳が違う、線を編んで立体を造形するということ。
この水面も湿度を含んでふわりと揺れ、ゆっくりだけど本当に水が落ちる光景を見ているようだった。
白い糸の密やかさはない。
でも作品が持つ静謐な空気は同じ。
日常でこれほどまでに目を凝らす瞬間がどれくらいあるだろう。
祈りにも近い気持ちで作品に目を凝らす。
作家紹介
■池内晶子
1967東京生まれ。東京在住。
※作中のスペース
※美術館で個展も開催しました
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