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意外な組み合わせ:共同研究の話

パン屋はたくさんある。どの都市にもある。現代ではありふれた商店(焦点)と言える。だが、それでもやはり、自分の街においしいパン屋さんがあると嬉しい。研究者のオリジナリティや生き残りということを考えた際に、「自分の分野のそういう "パン屋" になれば良いのかもな」というようなことを書いた(昨年度、もう一昨年のこと)。これは、昨年度の自律神経学会で小倉に行った後に思ったことであった。


着眼:研究の始まり

僕を小倉の学会でのシンポジウムに招待してくれた座長の先生お2人のうちの1人が、シンポジウムが終わった後の雑談で「近々、共同研究の相談がしたい」と仰った。上記のnoteでも書いた、いまだに自分で実験をなさる鹿大の医学部の教授の桑木先生だ。確か、その年のうちに僕の部屋まで来られ、プレゼンもしながら研究の内容を説明してくださり、共同研究をすることになった。

その結果が、先日以下の論文になりました。

大学のHPにも掲載してもらいました。そちらに、研究の概要があります。


ナルコレプシーという病気をご存知だろうか?

カタプレキシー(情動脱力発作)を起こし、突然寝てしまう病気で、ヒト意外でも犬で多く知られているように思う。ヒトでは笑った後など、犬だと遊んだ後や主人との再会時にはしゃいだ後などに見られるそうで、強い興奮に伴う発作と考えられている。ストレスなどに伴う現象の研究というのは大変多くなされているが、このカタプレキシーの例は、どちらかと言えばポジティブな感情を喚起するイベントの後に生じることが多いということで、今回の共同研究の桑木先生はそこに目をつけられた。この病気のモデルとなる遺伝子改変マウス(オレキシンという神経ペプチドが欠損)がいるので、このマウスにいろいろ体験させた際にカタプレキシーが起これば、それはマウスにとって主観的に「ハッピー」な体験と言えるのではないか?という訳だ。

そこで、共同研究者の先生は、このマウスにチョコレートを与えるとカタプレキシーが増えるということを確認しておられる(今回の論文のFig. 1 、神経メカニズムも調べられた論文は こちら)。

さらに、この遺伝子改変マウスの雄に対し、雌を合わせるということも試され、カタプレキシーが増えるということも見つけておられた。そこで、数年前に鹿大に来た僕の研究をご覧になって思いつかれたのだ。僕は、雄から雌への超音波の求愛発声を研究している。この求愛発声はかなり大きな個体差があり、性的動機づけの強さの表出だろうと考えられている(個体差に関しては僕の過去の論文、もしくは総論の説明としてはこちらの日本語総説など)。雌に出会った際にカタプレキシーを起こしやすいマウスは、倒れる前に求愛発声をたくさん出しているのではないか?

このようなアイデアを得て、共同研究が始まった。

実験的に難しいと思われたのは、カタプレキシーというものが、マウスにとっての活動期である夜(飼育条件の暗期)であれば、一定程度自然発生する点だった。これでは、何かを体験させた効果と自然発生の効果が混ざって観察されるため、因果を推定しづらい。しかし、通常では夜にしか観察できないカタプレキシーが、雌と会わせるると昼でも発生するということで、カタプレキシーの実験を昼に行うという普段とは違う方略で攻めることにした。これが功を奏し、非常にクリアな結果を短期間で得ることができた。

共同研究者の先生のセンスが素晴らしい。


過程で感じた自身の環境の変化

予備実験の際には、僕が医学部に出向いて夜に2人で行い、肩を並べてモニターを覗いた。その後、機材の運搬などで互いに行き来し、本実験を始める頃には新型コロナの流行が始まった。共同研究者の先生は、しかし、いまだにご自分で実験をなさるので、コツコツご自身で実験をされ、短期間でデータを得た。

そのあとは、カタプレキシーの解析と音声解析を分担して、日々進めた。着々と進んで、スムーズに論文を書き始めた。僕にとって普段と異なるのは、1回の録音が非常に長いことだった。日頃の僕の研究室での実験は、1度の録音時間が数分程度である。始めに共同研究者の先生から「1回で4時間は録りたい」と言われた時は、PCと機材が耐えられるだろうか?と思った。開発者である超音波おじさんに急遽電話で問い合わせ「いける」となった。

しかし、この解析も、数年前では引き受けられなかった。数年間、この研究にかかりきりになっただろう。声を数えるだけでも、時間がかかったのだ。いまは、また別の共同研究者である橘さんに開発してもらった我々のソフトウェア・USVSEGがある(Tachibana, Kanno et al., 2020 PLOS One)。僕はこのソフトを信頼している。4hの解析も、自動で行うことができた(それでもデータセット一式で1晩くらいはかかる)。超音波おじさんと橘さんは、僕の研究人生にとって、余人をもって代えがたいのだ。

今回、僕が論文作成で初めて行い、ちょっと頑張ったのは、Supplemental data の動画作りだ。今年度のオンデマンド授業教材作りで多少覚えた Adobe premier の経験が役立った。以下の動画は、論文中の movie 2。


往年のプレイヤー

論文を書き始めるためのデータを見ながらのディスカッションも非常にスムーズで、見解の違いなどもなく、自ずと方向性は決まった。ほぼ、メールで事足りた。

論文原稿は、まず桑木先生がお書きになり、僕が音声について加筆修正していった。原稿を拝読して最初に思ったのは「ストレートフォワードで読みやすい」ということだ。多少、僕が統計の記述について詳しく書き加えたが、ストーリーの流れを損わずに統計を詳しく書くのが大変だなぁという桑木先生のコメントに基づき、普段より書き方を工夫した。

最初に投稿したところではいわゆるエディターキックで断られてしまったが、2箇所目の投稿先である、今回の掲載ジャーナルではキックされなかった。査読が戻ってきて、非常に驚いた。僕のこれまでの経験の中では、もっとも好意的な反応が返ってきていた。いけると思った。査読者は、結果のクリアさと論旨のわかりやすさを大変褒めており、しかし、僕が書き加えた統計の記載については「正しく行われておりよろしいが、ストーリーの流れを多少邪魔しているので、○×△な感じで工夫されたし」と言うのだ。なるほどな、と思った。行動科学寄りの記載の仕方は僕が思っていた以上に、生物学領域ではウケが悪いようだ(それでもバリバリの心理の人と比べれば僕はユルい、一応生物学の人間なので...)。

今回掲載されたジャーナルは、創刊してまだ2年経っておらず、各種ジャーナルindexが定まっていないが、そこそこの難易度のジャーナルとして出版社が位置付けている。この歳になって初めて「論文はストーリーが重要」とか「書き方次第」と言われる所以が、理解できたかも...

2人で行った研究なので、著者名の位置もおいしい感じになって、大変ありがたい(最近は、かなりの人数で書くことが多い)。シニアの教授の先生の場合、院生さんや研究員さん、助教さんなどの研究者が実験を行い、教授は監督役になることが多いわけで、今回は、監督兼ピッチャーとバッテリーを組んだような感じだろうか(いい例えかどうかはわからない)。珍しいことと思う。桑木先生の研究への好奇心はいつも素晴らしく、ストレートで、尊敬している。地方大で研究を続けていくためには、僕にとっても重要な姿勢と心得ている昨今だ。


次の種まき

ところで、この記事のサムネイル画像は、鹿児島の出水で行われた展示に行ったときのもの。武家屋敷で現代の作家さんの展示をするという組み合わせでした。


自分で実験をやった研究では、もう投稿している論文がないので、次を書くべきタイミング。ちょっと、年度末の業務やその他プロジェクトのクロージングと継承、僕自身が行う共同研究の実験などあり、予定はパンクしているのだが。。。

歌詞は書いたが曲をつけていない、もしくは、曲はあるが歌詞をつけていないようなポスドク時代の研究がまだまだあったり、3期目となったラボメンの卒論、鹿児島にきてから始めた共同研究(実験は終了)など、すでに種は蒔かれている。


このnoteですらそうですし、僕の仕事の場合は論文を書くということもそうですが、とくにネットが発達したこの時代、なんでもアーカイブして残していくことは、大事だなと思うのであった。自分で種を撒く、自分で収穫するということが、この30年よりもしやすい時代に思う(ただし、上記大根の種は自分で撒いたわけではない)。


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