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100年かけてやる仕事ー中世ラテン語の辞書を編む(小倉孝保著)を読んで

帯にはこう書いてあった「生きているうちに完成を見ない仕事にやりがいを感じることができますか?」今の世は人類史上類を見ないほど刹那的である。情報は一瞬のうちに腐り、古いものは瞬時に新しいものにとって代わられる。好む好まざるによらず、世の中スピード感が大事になった。小生らは生きていくうえでそのスピードに振り落とされないように必死になって生きている。楽しいこともあるが、正直疲れる。うんざりする。大量生産大量消費される仕事。代替の利く仕事。こんなことをしていていいのだろうか。そんな考えが頭にもたげていた頃、小生は、本書に出会った。以下に小生が気になった箇所を載せておく(私見です、詳細は読んでみてください)

後世の人のために(P21)

「現代社会は経済効率を優先し、あらゆるプロジェクトが経済合理性を基準に計られる。パソコンのクリック一つで情報は瞬時に世界を巡り、瞬間ごとに意思決定を迫られていく。スピードこそ命。それに乗り遅れることは愚鈍な者とみなされかねない。お金に換算できない限り、価値あるものとは認めず、しかも短期的な利益を見込めなければやる価値はない。やや極端な捉えかたかもしれないが、今の世の中にそうした風潮が蔓延している。(中略)だから、今すぐ直接、誰かに、何かに、役に立つというものではないのにもかかわらず、そうした対象に精力を傾け続けた人がいることこそ大切に思えた。

民族の誇りをかけて(P123~P131)

「欧州アカデミーの中で後発の英国学士院にとり、この中世ラテン語辞書は威信をかけたプロジェクトだった。もっと視野を広げてみると、補助金を出す英国にとっては国家の威信をかけた事業、英国民、特に英国知識人にとっては民族の能力を試されるイベントだった。アカデミーはこれを途中で投げ出すわけにはいかなかった(中略)辞書の作成に費やされる資金は人類史の一部をのぞきみるための必要経費と考えていた。『自然科学にしても、人文科学にしても、商業的観点から正当化すべきではないはずです。研究には商業とは違った観点が必要です。』」

携帯は詩人にとって特にマイナス(P243)

(辞書作成に携わった詩人の言葉)

「僕は詩人です。言葉をいじくって詩をつくります。たまに言葉が下りてくる。パッと詩が浮かぶことがあります。タイトルだったり最初の一行だったりします。それが下りてくるまではとてつもなく無駄な時間がかかります。それを経て発見があり作品が仕上がります。無駄な時間をはぶき、苦しみを抜きにして、言葉をつくり続けることはあり得ない。苦しむべき時間、考えるべき時間、悩む時間を奪うのが携帯です。」

過去は知恵の集積された大河(P255)

「将来は未知である。だから不安になることもある。そんなとき後ろを振り返ってみる。そこには先人たちが歩んできた大河がある。長大な河の流れの先に自分たちがいることが、確認できる。その大河には生きる知恵が集積されている。前進する時こそ、後ろを振り返る必要がある」

・読了の感想・メモ

・森友学園問題の本当の大罪は、公文書を偽装したことにある。癒着や汚職は究極のところ個人の資質の問題だ。しかし、公文書の改ざんは、後世の人々が正しく歴史を検証し、正しく歴史から何かを学ぶ機会を奪う。大げさに言えば人類に対する罪である。本書の中で著者は文章の改ざんは後世への裏切りだと厳しく断罪したが、小生も同意見である。今保身できれば後世なんてどうでもいい。そんな考えが見えてくる。刹那的な考えが見えてきて、嫌になる。

・QuizKnockというクイズ系のyoutubeチャンネルがある。そのチャンネルの中で「ABC予想」という数学の難問が解決されたという、動画がアップロードされていた。そのなかで解説者が「この難問が解決されたから、何の意味があるのかということは、今はわからない。ただ、数学は50年後の物理学に必要とされる。将来の物理学者が、新しい研究するときに、この予想が解決されていて、利用することができるということが重要」といった趣旨の発言をしていたことを、思い出した。本書の辞書の話も、つまるところそういうお話なのだ。「今、自分たちが」ではなく「後世の人たちが」という考えを持たなければ、人間はこれ以上発展することはなくなるのであろう。

・俳人きどりの小生も、多作のほうではない。一か月に満足の句が1句でもできればよいとすら考えている。スマホは便利だが、隙間時間に使うのは少し控えようと思う。

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