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人間に可能なら、自分にも可能だ【超訳】自省録6日目
・今日の超訳
自分にはできないからといって、人間にできないと思うな。人間に可能だと思えることは、自分にも可能だと思え。
・引用原文(第6巻19章より)
「あることが君にやりにくいからからといって、これが人間にとって不可能であると考えるな。しかし、もしあることが人間にとって可能であり、その性質にかなったことであるならば、それは君にも到達しうることだと考えるべし」
・ちょこっと解説
・人間には向き不向きがある、パソコンのタイプが早かったり遅かったり、企画をつくるのがうまかったり、下手だったり、今の社会制度に適用できたりできなかったり。
・自分にはできない、向いていないから、それは糞である。大した価値はない。と小生などは、自己弁護でもしているつもりなのか、思ってしまうことが多々ある。この考えは非常にまずい。自分にできない、向いていないことがあるのなら、できる人のことを、尊敬しなければならないのだ。
・マルクス・アウレリウスは「その性質にかなったことであるならば」と条件をつけている。これは、「人間の性質に適合するのならば」というマクロ的な視点と、「自分個人の性質に適合しうるのならば」というミクロ的な視点との両方を含蓄しているように思う。小生らは、やはり常に他者や、自分への洞察を怠ってはならない。
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