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五月の森の魔女

生まれつき目が見えなかったぼく。
14歳の、とある日に初めて世界が見えるようになった。
何人もの医者から、一生見えるようにならないと言われていたぼくの目が見えるようになったのは、村の奥にある五月の森に住む魔女のおかげだった。

五月の森の魔女は不治の病を治すことができると言われていて、その森には限られた大人しか足を踏み入れることができなかった。
不治の病を治してもらっても、その対価として寿命の一部を捧げなくちゃいけないと言われていたから。
ぼくはそれでも魔女に会いたいと大人に懇願したけど、許してはもらえなかった。

ある日の夜。
ぼくは意を決して五月の森に向かった。
みんなが寝静まってる時間。
目が見えないけど、耳と方向感覚は良い。
目の見えないぼくに村長が言ってた「あっちは五月の森だからいくな」と向けられた方向に歩いていく。
間違っていたら辿り着かないし、帰ってこれないかもしれない。
いや、きっと帰ってこれない。
だって五月の森の方向はわかっても、魔女の家の場所はわからない。
それでもぼくは進み続けた。

どれくらい歩いただろうか。
ちゃんと五月の森に入ることができたのかな。
ぼくは、不安でしかない。
でも、前に進むしか出来なかった。
段々と方向感覚もわからなくなってくる。
それでも五月の森を進んでいると信じることしか出来なかった。
不安の中、風に揺られる木の音が急に静かになる。
違和感を感じていると、ゆっくりとぼくを呼び止める声がした。
「どこにいく?」
「ぼくのことですか?」
「他に誰がいる?」
声の主は少しずつ近づいてくる。
女の子の声で足音がしない。
ぼくは「ここは五月の森ですか?」と聞くと「みんながそう呼ぶ」と。
ぼくは少しだけ勇気を出して「五月の森に住む魔女さんですか?」と続けると、「みんなそう呼ぶ」と返ってきた。
ぼくは自分の目のことを話した。
魔女さんは黙って聞いてくれている。
最後に「魔女さんの力でぼくの目は見えるようになりますか??」
短い間沈黙のあとに「見えるようになるよ」と。ぼくが笑顔になると「本当に見えるようになっていいんだね?」と。
続けて「今まで見えなかった、見えなくてよかったものも見えるようになるんだよ。」とぼくに問い掛ける。
「それでも…ぼくはみんなの見ている美しい世界が見たい!!例え一瞬でも暗闇しか見てこなかったぼくの人生の時間より素晴らしい時間になるって信じてるから。」
少しして小さなため息のあとに、「わかった、治してやろう」と言うとそっと頭を撫でてくれた。
次の瞬間…ぼくの目の前にものすごい明るい光が走る。
暗闇でしかなかったぼくの目の前は一瞬にして真っ白になった。
徐々に光に慣れてくる。
光が飛び散っていくと美しい森と綺麗な5月の森の魔女さんの足が目に入った。
「見えるか??」
頷きながら、
「見えてます」
と答える。
本当にこれが見えてるということなのか…夢じゃないのかと疑ったが、いつも通り風の感触と音を感じる。
初めて見る世界と今まで全てだった音と感触が一致して僕の頭を駆け巡った。
ぼくは辺りを見渡してその中心にいる魔女さんを見た。
「どうだ?初めて見る世界は?」
と魔女さんの問いにぼくは
「こんなに綺麗だったんだね」
と答える。
「そうだ。これからもっと綺麗な世界を目にする。同時に見たくない世界も目に入ってしまう。心して進むといい」
と魔女さんは、笑顔でぼくを見て言った。
「ありがとう」
と言うと
「もうすぐ日が昇る。村の近くまで送ろう」
ぼくは「また会えるかな?」と聞くと
「会えるさ。次に会うときにお前さんの寿命をいただこう。それまで真面目に生きるがいい」
と魔女が言った次の瞬間、ぼくは村の入り口近くに立っていた。
そのまま初めて目にする村を歩いて過ごす。
暗かった夜からだんだんと明るくなっていき、月がいつの間にか消え、太陽が出てくる。
眩しいという感覚も初めて知った。

村は異様な雰囲気になっていた。
もちろん昨日の夜まで見えなかったぼくの目が見えるようになっていたから。
「五月の森の魔女の呪いだ」と咎める人、「五月の森の魔女の奇跡だ」と崇める人。
俗に言う普通とはかけ離れていた。
これが魔女さんの言ってた『見たくない世界』
目が見えなかった時は、親切だった人もぼくを好奇な扱いをするようになった。
両親も父は咎め、母は崇めるようになった。
心地よかった空間も変わってしまっていた。
ぼくは今まで出来なかった勉強をして、寝る間を惜しんで働き、自分だけで生きて行けるように勤めた。
村を出る選択も少しだけあったが、なぜか五月の森から離れたくなくて、村の人が嫌がる仕事を率先してやることで、自分の価値を示し村のために続けてきた。

それでも目が見えなかった時には見えなかった世界の美しさに飽きることはなかった。

そんな生活を何十年も続けてきたぼくも、ついに病に倒れた。
「もうダメなんだろうな」と絶望していた、とても静かな夜だった。
ぼくの目の前に五月の森の魔女が現れた。
初めて目にしたときと変わらず綺麗で可愛らしい。
「その目に見えた世界は美しかったか?」
とぼくに問いかける。
「とても美しかった」
と返すと
「見えなくてもよかった世界もあっただろう」
との問いにぼくは
「それでも見れてよかった世界の方が多い」
それを聞いた魔女さんは
「それはよかった」
と微笑んだ。
ぼくは安堵したのかゆっくりと目を閉じた。
「それではまたしばしの別れだ」
ぼくの意識はここで途絶えた。



これが14歳の時に事故で生死を彷徨った時に頭に流れた、きっと私のであろう前世の話だ。
私は五月の森の場所も、実在するのかも知らない。
でも、その時に五月の森の魔女と会ったのだ。
とても綺麗で可愛らしい。
魔女は私を見て
「まだ物語を終えるのは早い。美しい世界を沢山見てくるといい」
そう言って私の頭を撫でた。
目を開けると、私の両親も主治医も驚いていた。
再び目を開ける可能性はほとんどなかったらしい。
絶望的だと言われていた。
それから真面目に勉強し、真っ当に働き、休みの日は旅をして、家庭を持ち、子を育て、社会に送り出した。
定年を迎え、綺麗な世界を旅してる最中、病に倒れた。
余命は、そんなにないらしい。
家族が向かっているが間に合わないそうだ。
私はベッドの上から動けなくなっていた。
この命は、いつ途絶えてもおかしくない。
今夜はとても静かな夜。
終わりを迎えるには、とてもいい夜。


五月の森の魔女と私の話が
夢ではなくて
本当の話なら
長く生きて病に倒れて
動けなくなった
私の寿命を
魔女は取りにくるだろう
また綺麗で美しい魔女に
会えると思うと
不思議と安心して
ぼくのこの物語の幕を
閉じることができる


そう思うと私は
ゆっくりと目を閉じた。



きっとここから先は
次の物語の始まりの扉を
探す旅が始まる
見つからないかもしれない
見つかってもいつ開くか
わからないかもしれない
それでも
五月の森の魔女の話を
次の物語の私に
引き継ぐために
前世の自分も
同じ想いだったのかと
考えると
もしかすると
これが
五月の森の魔女の
呪いなのだろう

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