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『瞳をとじて』(2023)

本作のタイトル、また冒頭で流れるフリオの出演していた映画である『別れのまなざし』から「目/眼」という表象が観客にとって印象的に映るはずだ。 映画内でも文字通り、意味ありげな場面で瞳をとじることがあった。そこで、本作で瞳をとじることが意味することについてここでは考えたい。 フリオの忘却について フリオの失踪事件によって彼が失ったものは以下の通りである。 ・仕事(人気俳優) ・家族(父) ・名前 ・記憶(過去) 彼は人気俳優で、誰かの父で、○○という名前で、過去にミゲルと収容

    • 『PERFECT DAYS』(2023)

      「光源」から照射された「影」 PERFECT DAYSが指すものは平山のルーティンワークである。トイレ清掃員として、箒をかける音で起き、家の前の自販機でコーヒーを買い、カセットテープを流し、清掃、木漏れ日を見る。居酒屋の女将から「平山さんはインテリね」と言われるような平山の生活は、私たちが見過ごしていた何気ない瞬間を大事にしているのだ、と思うかもしれない。本当にそうなのか。 親族と別れたあとの涙はなんだったのか。 女将の元夫と影を重ね合わせるときの「何も変わらないなんて、そ

      • 『aftersun/アフターサン』(2022)

        「We know the perfect」 映画終盤のあるシーンで看板が見切れて映る。そこには「We know the perfect」と書いてある。その看板は地図のようであった。そのあとには「We know the perfect place」とでも書いてあったのだろうか。 私はとにかく「We know the perfect」がこの映画の中心であると思う。 簡単にそれぞれが何を指しているのかを整理していく。 「perfect」は二人が過ごした夏休み、その時間と記憶であ

        • 全体個人個人全体(作品に触れる)

          作品に触れる際の志向が「個人的なもの」「全体的なもの」に区別できる可能性をひらめいたので少し書いてみる。前提として、これは一つの見方であり、細かいグラデーションを抜きに区別しているので、仮にそういった傾向があったとしても現実に当てはめることはできないと思っている。 私の主な傾向としては、非常に個人的な体験や、それらが影響した個人的な感覚が作品に触れる際のベースとなることが多いと思っている。例えばシャンタルアケルマンの『アンナの出会い』が「孤独」の感覚を表現していて、映画内で

        『瞳をとじて』(2023)

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          『憎しみ』(1995)

          「保守的」でも「進歩的」でもない若者 この映画に出てくる若者は、パリ郊外の移民スラムに住んでいる。彼らの生活は大麻とコカイン、窃盗、どこのだれとヤッた、など反体制を無意識に背負ったものとなっており、映画終盤のレセプションパーティーでの「普通の人々」との所作や言動の違いが浮き彫りになる。彼らが自分たちの生活に満足していないことは、屋上で兄貴が弟を逃がす場面や、妹に学校に行くよう促す場面、たまり場と友人に近づくなと警告する場面(妹たちに茶化されていたが)からみてとれる。この映画

          『憎しみ』(1995)