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映画感想文「市子」


好き嫌いの分かれる作品かもしれない。

しっかりネタバレを含むので、これからネタバレなしで観たい方はご注意下さい。

[あらすじ]
恋人の長谷川が市子にプロポーズした翌日、市子は突然姿をくらました。
途方にくれる長谷川のもとを刑事の後藤が訪れる。
市子が多くを語らなかったとはいえ、3年間同棲していたにもかかわらず、長谷川は彼女の素性をほとんど知らなかった。
市子の行方を追うなかで、長谷川は初めて「市子」の人生を知ることになる。

本当の彼女を誰も知らない


新年度を迎え、このトピックスを目にした方も多いのではないだろうか。
2024年4月から、明治時代から続いてきた嫡出推定規定が見直しされた。
嫡出推定規定は夫婦が離婚してから300日以内に生まれた子供は、元夫との間に生まれた子供と推定される、というものだ。
この規定が原因となって、しばしば問題とされてきたのが、「無戸籍の子供」である。

離婚後300日以内に生まれた子供が元夫の子として扱われるのを避けるため、母親が出生届けを出さないケースがある。つまり、戸籍のない「無戸籍者」が全国に存在しているのだ。

この物語は、無戸籍の子供である市子の壮絶な半生が描かれている。
その理不尽さたるや、目を背けたくなる場面が多々ある。
一見平穏に過ぎていく日本社会において、市子の痛みは誰に気づかれることもなく、また市子自身、誰にも気づかれないように生きていこうとする。

杉咲花の、瞳の奥

市子という人間の心の層は、真っ暗なようでいて繊細に折り重なっている。
幼少期の無垢な心が砕けた、その欠片。
思春期の性的情動と、それ以上に突き上げる大人への憎悪。
今ここに存在しているのに、社会では存在が証明されない、大きな矛盾による生きづらさ。
残虐なまでの異性への憎悪、そして、それが緩んだ唯一の愛おしい時間。

恐るべきは、杉咲花の演技だ。
市子の闇を、瞳の奥に宿している。
それがはっきりと観ているこちらに伝わる。
深い絶望に沈められた市子の感情は、表に出ることがほとんどない。
表に出ることはないのに、杉咲花の瞳を見ればわかるのだ。
市子のあまりにも深い闇の、その層、そして揺らぎまで。

私は始終、杉咲花の瞳に心奪われて、まったく飽きることなくエンドロールまで観た。
描いている世界観は好みがわかれるところだと思うが、杉咲花の演技は、ぜひ一度観ていただきたい。

危うさゆえに惹きつけられる


市子は危うい。
無戸籍であるため社会のセーフティーネットにかかることもなく、生きていること自体が綱渡りである市子は、そもそも命の危うさを抱えている。
この社会的状況としての危うさ。
さらに、過酷な生い立ちゆえに、市子は成長するにしたがって、どこか浮世離れした雰囲気をまとうようになっていき、存在そのものが危うさを放つようになってくる。

ひとは不安定で美しいものを、なぜか目で追ってしまうものだ。
そこに恋愛感情が生まれたら、なおさら。
市子自身は異性に対して深い絶望感を抱いている、にも関わらず異性は市子に惹かれる。
アル中で市子の家に出入りする小泉(渡辺大和)が「お前たち母娘は悪魔だ」と言った。
否応なしに異性を惹きつけてしまう性的魅力を放つ、「悪魔」。
危うい悪魔として男の目に映る自分を、一番憎んでいたのは市子自身かもしれない。
小泉にしても、市子を想う北(森永悠希)にしても、市子は自分を性的対象としてみてくる男はすべて侮蔑の対象であり、利用価値があればそこを搾取すればよいとさえ思っている節がある。たった一人の例外、長谷川(若葉竜也)を除いては。

一抹の、ひかり


長谷川と「ただいま」「おかえり」を通わせることの尊さは、市子にとっては初めて抱きしめる感情だったのだろう。
何気ない日常、ささやかなことで笑いあうこと、欲しかった安らかな毎日がそこにあったはずだ。

長谷川のそばにいたい。
たとえ方法が間違っていたとしても、罪は消えなかったとしても。

その市子の感情が、エンドロールまでのラスト10分に溢れていた。
市子の深すぎる闇ゆえ、スタートから真意がわからず翻弄させられてきたが、ラスト10分に込められた市子の素直な気持ちが、ストレートに胸に刺さった。
市子の未来が明るいものだとは、断言できない。
むしろ逆かもしれない。
でも、長谷川との3年間、市子の世界に芽生えたものは、けっして枯れない。
それだけは断言できる。
それだけなのだが、生きる上で、それがとてもとても尊い種類の宝物なのだと思う。

読みにくい長文になってしまって反省。
賛否両論ある映画だろうけれど。
何度も繰り返し観たい種類の映画ではないが、観る価値は大きい映画だと思う。

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