【小説】異世界に飛ばされたら弱いまま不老不死にさせられて人生詰んだ件 Episode.24 別れ
屋敷に帰るまでの道中、俺はルドルフさんに昨日までの出来事を一から説明した。
「それでベッドごと町まで運ばされそうになって困りましたよ」
「ほっほっ、それは災難じゃったのう」
初めから順を追って説明すると長くなるのだが、ルドルフさんは嫌な顔など一切せずに話を聞いてくれた。
「あのデカいのと戦う事になったのは予想外だったけど、あんたももう少し鍛えた方がいいかもね」
「分かってるよ、鍛えても無駄な気がするけど」
同じ様に話を聞いていたフィオが彼女なりのアドバイスをしてくれるが、自分には戦いの才能がないと昨夜の大男との戦いで理解したので意味がないと感じてしまう。
「なら、帰ったら魔法の鍛錬をしてみてはどうじゃ? 武器を扱うより向いてるかもしれん」
俺達のやり取りを聞き、ルドルフさんが新たに魔法という選択を提案する。
「ま、魔法ですか? 魔力の話を聞いたから怖いというか何というか」
「考えて使えば心配いらん、何なら儂とフィオが基礎を教えよう」
フィオもそれに同意し、俺も自分の命くらいは守れる様になりたいのでルドルフさんに魔法の指導をお願いする事にした。
その後、ウィンミルトンから続く平原を抜けて屋敷のある森へと入る。
住み慣れた森の中ではあったが、今日は心做しか嫌な雰囲気が漂っている。
ただ二人がいるので心配はしておらず、逸れない様にしっかりと後に続いた。
この森に存在する脅威は全て二人が何とかしてくれる、そう思っていたのだ。
それが現れるまでは……
「待て」
先頭を歩いていたルドルフさんが唐突に立ち止まり、俺達にそう指示をする。
その顔は何時もの優しい表情とは違い、とても険しかった。
「ルドルフさん、どうしたんですか?」
そんな表情を浮かべるルドルフさんに俺は驚き、何が起きているのか尋ねる。
「………」
でも、ルドルフさんは何も答えずに森の奥を見つめている。
「……まずいわね」
フィオもルドルフさんと同様に険しい表情で様子を伺っている。
俺がもう一度尋ねようと口を開いた時、何かが森の奥から歩いてくる足音がした。
その足音は硬い金属のブーツでも履いているのか、重々しく禍々しい存在感を放っていて聞いているだけで背筋が寒くなった。
そして、その足音の主が視認できるほど近い距離までやって来るとようやく正体が判明した。
それは全身黒い甲冑を身に纏った騎士の姿をした何かだった。
何か、とは説明するのが難しいが自分にはそれが普通の人間とは思えなかったのだ。
人の形をした異形の存在、言葉にするならこれしかない。
俺はその姿を目にした瞬間、全身の震えが止まらなくなってしまった。
「……ロスト」
不意にルドルフさんが俺の名前を口にする。
「逃げろ」
その次の言葉に俺は何も言わずに従い、さっきまで歩いてきた道を引き返した。
フィオも俺と一緒に付いて来ているが、彼女に視線を向けている余裕はない。
何故なら、あの存在は今まで戦ったものとは比較にならないほど恐ろしく感じられたからだ。
屋敷での戦いやウィンミルトンでの戦いは怖くはあったが、何とかなるかもしれないという気持ちがあった。
でも、今回は違う。
姿を見た瞬間から恐怖で身が竦み、まるで死神に首筋を鎌で触れられている様な感覚に襲われた。
逃げるという選択しか俺の中では存在しないのだ。
「はぁ……はぁ……」
俺は心の中でルドルフさんの心配をしながらも、全速力で森の中をひた走る。
暫く走り続け、ようやく森を抜ける入口が見えてきた。
助かった、そう確信した時――
目の前にどうやって来たのか不明だが、あの黒騎士が現れたのだ。
「えっ?」
俺は状況が理解出来ず、その場で固まる。
次の瞬間、黒騎士が物凄い速さで俺に近付き腰から抜いた剣で胸元を貫いた。
「あ゛……あ゛……」
一瞬の出来事で俺は自分が刺された事を理解するのに数分かかった。
黒騎士の刃は俺の心臓を正確に貫いており、自分はもう助からないと悟る。
「ロストっ!」
フィオが俺の名前を叫んでいる。
死ぬ前にやり残した後悔やら何やらを考える暇もなく、俺の意識は途絶えていった。
Episode.24 別れ
次に目覚めると俺は全てが白に染まった空間にいた。
「どこだ、ここ?」
周囲を見渡しても景色は変わらず、白の世界が広がっている。
「……すまない」
突然、背後から声がして俺は慌てて振り向いた。
そこにはさっきまで存在していなかった人物、ルドルフさんの姿があった。
「ルドルフさんっ!」
俺はあの後どうなったのか気になり、ルドルフさんに駆け寄る。
「大丈夫だったんですか!? あいつは、あの騎士みたいな奴は!?」
そして、聞きたかった事を矢継ぎ早に尋ねた。
「…………」
しかし、ルドルフさんは何も答えず黙って佇んでいる。
「ルドルフさん……?」
様子がおかしいルドルフさんに俺は再び声をかけた。
「……お主のことはもっと時間をかけて知りたかった」
「ルドルフさん、何を言ってるんですか?」
ようやく口を開いたかと思えば、俺に対する返答ではなく意味が理解できない言葉を口にしている。
「じゃが、もうそんな時間はないらしい」
「だから、何言って――」
話が噛み合わない状況に腹が立ち、少し大きな声で聞き返そうとしたら急にルドルフさんが俺の胸元に手を当てた。
すると、ルドルフさんの全身が赤い炎に包まれ、その炎はやがて俺の体へと移動する。
「うわ、熱っ……くない?」
自分の体が炎に包まれている事に動揺し、そんな間抜けな声をあげる。
「……この世界の事を頼む」
状況が理解できないままルドルフさんにそう告げられ、次の瞬間にはテレビの電源を落としたみたいに急に世界が暗転した。
……
…………
………………
……………………
それからどれぐらいの時間が過ぎたのかは分からない。
ただ次に目覚めた時には、ルドルフさんの屋敷でいつもの様にベッドで横になっていた。
「……目覚めたのね」
横に視線を向けると心配そうに見つめるフィオの姿があった。
「……フィオ」
俺は起き上がろうと体を起こすが……
「……っ!」
胸に激痛が走り、起き上がるのを断念する。
よく見ると俺の胸には何重にも巻かれた包帯があった。
「やめておきなさい、胸を刺されたんだから暫くは動けないはずよ」
「わ、分かった」
俺はフィオの指示に従い、再び寝直そうと毛布に包まる。
「ルドルフさんはどうしてる?」
さっきまでの夢の内容が引っかかり、ルドルフさんの安否を確認する為にフィオにそう尋ねた。
「……もういないわ」
「え?」
しかし、返ってきた言葉は夢の内容が現実であったと感じさせるものだった。
「あいつは役目を終えて、この地を去ったの」
「去る? ここがルドルフさんの家だろ?」
夢の続きかと錯覚するほど、目の前のフィオも要領の得ない話し方をする。
「聞きなさい、ロスト」
「な、何だよ?」
混乱している暇もなく、フィオが真剣な表情で改めて話を振ってくる。
「あんたはルドルフに力を託されたの」
「力?」
フィオの言葉を聞き、夢の中でルドルフさんに触れられた時に体が炎に包まれた事を思い出した。
「それはとても強大で、あんたに背負えるかは分からない」
どうやら俺はルドルフさんから大変な力を託されたらしい。
「でも、あんたは選ばれた」
何故俺が? と聞きたかったが、フィオの真剣な表情に話を中断させてまで尋ねるのを躊躇う。
「ルドルフがいなくなった以上、あいつと契約していたあたしも消えるわ」
「え、嘘だろ?」
会話に集中していて見ていなかったが、フィオの体が徐々に透けていっているのに気付いた。
「お前、体が透けて……っ!」
「でも、安心して」
その状況に慌てふためく俺とは対照的に、フィオは全てを悟った様に呟きながら俺の元へ飛んでくる。
「姿が見えなくなってもあたしはあんたの側にいる」
そして、そのまま俺の顔に触れて彼女は笑った。
「また出会う事があったら、その時はよろしくね」
彼女の姿が完全に見えなくなる瞬間、その言葉が耳元で囁かれた気がした。
その後、自室に一人取り残された俺は傷がまだ癒えていないので自然と眠りに落ちていった。
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