【小説】異世界に飛ばされたら弱いまま不老不死にさせられて人生詰んだ件 Episode.30 兆し

 ソムニア歴1000年 再生の月(冬)

俺がウィンミルトンに来てから初めての冬の到来とうらい、この世界の言葉だと再生の月と言うそうだ。

再生の月になると森に住む動物も冬眠し、獲物がれないので猟師の仕事はお休みになる。

加えて最近では森の中を白い霧が立ち込める様になり、ただでさえ収穫しゅうかくが見込めない時期に泣きっ面にはちといった状況だ。

「えいっ! やっ!」

仕事にならないのでロナから好きに過ごして良いと言われ、俺はエリックに貰った剣で素振りの練習をしていた。

「おはよう、ロスト」

早朝、仕事がないはずなのに日頃の癖でロナもベッドから起きてきたみたいだ。

「おはよう、ロナ」

欠伸あくびをしながら横の井戸で顔を洗うロナに、俺は同じ様に挨拶をわした。

「早朝から剣の練習? 頑張るね」

「ああ、折角せっかく貰ったしな? 少しは使える様になりたいんだ」

俺は剣をかかげながら、ロナの問いに返事をする。

「エリックが聞いたら喜ぶよ」

そんな俺の返答にロナは嬉しそうに笑った。

「ロナは今日どうするんだ?」

「私? 私は近くの港町に動物の毛皮とかを売りに行こうと思うんだ」

どうやら、狩りが出来ないとはいえ完全に暇になる訳ではないらしい。

「この時期は寒いからね? 毛皮が売れるんだよ」

なるほど、確かに需要じゅようはありそうだ。

「荷物持ちなら手伝うぞ?」

俺一人がサボる訳にもいかないと判断し、ロナに協力を申し出る。

「え、いいの? 練習とかは?」

「大丈夫、練習なら別の日でもやれるし」

そう言って俺は抜いていた剣を腰のさやへとおさめた。

「ありがとう、助かるよ」

「任せてくれ」

こうして、俺達の今日一日の予定が決まった。

Episode.30 きざ

「準備できた?」

「ああ」

俺達は持てるだけの毛皮を持ち、出発しようと町の入口までやって来る。

すると、入口には一台の馬車が置かれているのに気付いた。

「やぁ、二人共」

近付くと中からクリフさんが顔を出し、笑顔で挨拶をしてくれる。

「「こんにちは」」

「君達も何処どこかへ出かけるのかい?」

俺達が挨拶を返すと、クリフさんは何処に行くのかを尋ねてきた。

「アクアポリスに毛皮を売りに行くんです」

そういえば、聞き忘れていたけど港町の名前はアクアポリスと言うみたいだ。

「おぉ、なら私と同じだ、良かったら乗って行くかい?」

「え、いいんですか?」

ロナがクリフさんと馬車を交互に見つめ、遠慮がちに尋ねている。

「勿論さ、ロストくんにも色々聞きたい事があるしね」

どうやら、移動で疲れる事はなくなったみたいだ。

「ありがとうございます、ロストもお礼言って」

「あ、あぁ、ありがとうございます」

俺達は頭を下げ、クリフさんに感謝を伝える。

「さぁ、暗くなる前に行こう」

クリフさんのその指示の元、俺達は付き人の人に荷物を馬車へんでもらい出発した。

……

…………

………………

……………………

移動中にクリフさんから前回の盗賊退治のお礼やウィンミルトンでの生活などを聞かれ、受け答えをしているとすっかり町の姿が見えない距離までやって来ていた。

「……霧?」

話を終えたタイミングで外の様子を伺うと、ラットヴィルの時に遭遇そうぐうした白い霧が立ち込めているのに気付いた。

「最近多いよねー、狩りに支障が出るから止めて欲しいんだけど」

独り言を呟いていた俺にロナが反応し、その流れで再び会話が始まる。

「確か瘴魔しょうまが現れる前兆ぜんちょうなんですよね?」

俺はルドルフさんに聞かされた話をそのまま二人に尋ねてみた。

「いや、以前はそうだったんだけどねぇ……」

その言葉にクリフさんは困った様な表情を浮かべ、次の言葉を口にする。

「今は瘴魔が現れなくても発生する様になってしまった、と王都の人が言っていたよ」

どうやら、霧の発生頻度ひんどは年々増しているらしい。

「一説にはこの霧が世界をおおい尽くす時、世界は滅ぶと言われているそうだ」

瘴魔を生み出す霧、確かにこんなのが増え続けたら世界が滅ぶという突拍子とっぴょうしのない話でも信じてしまいそうである。

「まぁ、あくまで説の一つだからね? 私達が気にする事ではないよ」

クリフさんがそう会話をくくり、再び外の様子を伺おうとすると――

「っ!」

強い衝撃と共に馬車が急停止した。

「いってぇ」

その影響で俺は天井に頭をぶつけ、痛みから悶絶もんぜつする。

「ロスト、大丈夫?」

横にいるロナが心配そうに声をかけてくれるが、痛くて声が出せない。

「すまない、二人は待っていてくれ」

クリフさんはそんな俺達二人に謝罪し、外の様子を知る為に馬車を降りた。

数分後、痛みも引いたので戻って来ないクリフさんを心配して俺達も馬車を降りる。

降りてみるとクリフさんと付き人の人が前方に視線を向け、直立不動ちょくりつふどうで固まっているのが見えた。

「どうかしたんですか?」

俺達は彼らに近づき、そう声をかける。

と同時に視線を彼らの見ている方角へと向けると、原因が何なのかすぐに判明はんめいした。

視線の先にはウィンミルトンとアクアポリスを結ぶ橋がかけられているのだが、その橋の中央を真っ黒で巨体な猪が陣取じんどっているのだ。

赤い目をしたそれは言葉にならない咆哮ほうこうをあげ、此方こちら威嚇いかくしている。

「……瘴魔」

禍々まがまがしい姿をしているのでそうだとは思っていたが、ロナのその一言であれが瘴魔だと確信する。

「……困ったな」

立ち尽くしていたクリフさんがそう呟き、その場で頭を抱え悩みだした。

あそこに居座られると自分達も毛皮を売りに行けないので困る。

「一旦町に引き返した方がいいかも、今日は何の準備もしてきてないし」

様子を伺っていたロナが引き返すべきと判断し、クリフさんにウィンミルトンへ帰る事をすすめた。

「アクアポリスの友人に会う予定があったが仕方ない、引き返すとしようか」

そのクリフさんの一言で俺達は来た道を引き返し、ウィンミルトンへと帰還するのだった。

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