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3分間の男女(2)ss

鷹見健人は今週で5人目の採用面接を行っている。
人手不足で猫の手も借りたいくらいだが、本当に猫だと困るので、できればいい人材を採用したい。
面接官側である自分は、パターン化してくるやりとりで気怠くなりつつも、相手には悟られないよう演じた。

黒のビジネススーツを纏い向かいに座っているのは塚本遥(29歳)。
緊急事態宣言が初めて発動された直後でお互いマスク姿だった。
この時点では、こういう時にマスクを外すべきかどうかが社会的に定まっていなかったので、彼女はマスクを外してお辞儀をしてから素早くマスクを付け直した。

「なんか大変な時期にお越しいただいてありがとうございます。マスクはつけたままで結構ですので、今日はザックバランにお話しできればと思います。」

そう言って、面接を開始した。
志望動機やこれまでの経験など、定番の質問に彼女は澱みなく応えた。畏まってはいるが、緊張している様子はなく、自然体な雰囲気に好感が持てた。
これまでの経験から、話し方と話の中身でおおよそ仕事のできるできないは分かる。少なくとも全然ダメなヤツは最初の3分で分かってしまう。
彼女は合格だ。

とはいえ、面接を数分でで終わらせるわけにもいかないし、合格の場合は社長の最終面接があるので、私は合格者用の質問に切り替えた。

「仮にこの会社に入ったら、3年後5年後にどうなっていたいですか?」
「想像で結構ですので、この会社でやってみたいことはありますか?」
「今までの仕事の中で、ピンチや困難なことがあったら教えてもらえますか?また、その時どのように乗り越えましたか?」
「ご自身の長所はなんだと思いますか?」
「逆に短所も教えていただけますか?」

これらは全て最終面接で決まって聞かれる質問だ。
私は合格させたい人には事前にこの質問をして予行練習を行う。
仮にイマイチの答えだった場合は、それとなくガイドしながら合格ラインの表現になるように誘導することにしている。

私は決して見た目で合否を決めない。
若い頃には多少甘かったが、見た目と仕事の出来に相関関係がないことはとっくの昔に悟ったからだ。
採用基準は、やる気とその人のOSレベルだ。“やる気がない人にいくら教えても時間の無駄“は、10年前から一貫している。
そういう意味で、今回は大きく合格ラインを超えていると感じて期待が持てた。
とはいえ、彼女の瞳には何か惹かれるものがあったのは事実だ。

時間を確認しつつ、合否連絡の方法など事務的な説明をして面接を終了した。
毎回エレベータまで送って丁寧に挨拶をする。不合格になった場合でも会社に悪い印象を持たれないように注意を怠らないのが常だ。
普段はサッとエレベータまで先導するが、今回は敢えて少し雑談もしてみる。
面接が終わってほっとしている時には素のキャラが出ることが多いからだ。

エレベータの扉が閉まると、「よしっ」と軽くニヤける顔を戻しながら、自分の席に戻った。

***

塚本遥は、今月4回目の就職面接に挑んでいた。
Y社は今のところ2番手か3番手の志望先だ。
先日、第1志望の一次面接を済ませていたが、合否はまだなので今回も気が抜けない。
遥は得意の他所行きバージョンの自分を演じ、卒なく面接を終えた。
今回もいけたっしょ。
そう自信ありげに会社を後にし、駅に向かった。

この会社は、自分で考えてモノづくりができそうなところが魅力的だった。
事務的な単純作業は大っ嫌いで、マイクロマネジメントもゴメンだ。
今の会社より規模も小さく、人数も少ないここなら、ある程度裁量を持って仕事ができそうだなぁという印象を持った。
面接官は中年の強面で、最初はヤバっと身構えたが、話しているうちにだんだんその印象は和らいだ。
むしろ私の得意なタイプかもしれない。

「でも給料安いんだよなぁー」

3社から合格通知を受け取った遥は、第1志望だったW社とY社のオファーを両手に持ってベットにダイブした。
“ワーク・ライフ・バランスを取るか、金を取るか、それが問題だ“と、よくあるフレーズが浮かんだ自分にツッコミを入れつつ、何度も書類を往復した。

翌日、Y社に入社の意向をメールで伝えた。
いろいろ悩んだが、最終的には上司と上手くやれそうなY社に決めた。
もちろん仕事はちゃんとやるつもりだけど、何かと都合が良さそうな気がしていたからだ。

これまでも、妙に年上の男性に好かれる傾向があった。こちらは全く興味がないのでどうでもいい体質ではあったが、こと仕事となると都合がいいのだ。
なんやかんや言いながらも、職場は相変わらず男社会。
逆に職場の女性同士の関係は苦手だった。
プライベートではむしろ女子とワイワイやるのが好きだけど、仕事では女性の方が面倒だとさえ思っている。

「仕事も金も上司次第」

いつからか心の中のキャッチコピーとなったフレーズを独りごちた。

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