noteの続け方。未来の私へ、もしくは、どこかにいるかもしれない、私みたいな人にあてた手紙を書くように。
皆さんはどんなふうにnoteを使ってるでしょうか?
私は、思ったことを言語化してスッキリしたり、子どもの成長を書き留めたり、不安を吐き出したり、嬉しいことを報告したり、忘れたくないと思ったこれまでの出来事をまとめたり、と実にさまざまな用途で使っています。
noteを始めたモチベーションより、実際の使い方の方が幅が広い気がします。
たまに見返して、あの時はそんなこと考えてたなあ!と発見があったり、辛いことを乗り越えつつあるなあと心落ち着けたり、あの時は頑張った!と自分を褒めたり、そんな時があったなあとジーンと切なくなったりしています。
概ね、記録しておいてよかった!と思うことが多いです。
おまけに、スキをいただいたりコメントをいただいたりすると、天にも昇る気持ちです。
そうしているうちに、誰かに読んでほしいという気持ちも沸いては来ます。
もちろん、こんなことを書いてほしいなんてリクエストを頂戴した日にはしっぽを振りながら書きます。
が、そんなことは本当に稀にしか起きなくて、ほぼ全ての記事が自分のために書いています。
それにも関わらず、毎日何かしらの書きたいことがあります。
誰かにわざわざ言いふらすようなことでないにも関わらず、です。
それはまるで、未来の自分に手紙でも書いているかのようです。いつか、これを必要とする時が来るかもしれないから、と。そして、それは同時に、私みたいな誰かに宛てても書いているのかもしれないな、と思います。
清々しい人、困ってる人、悩んでいる人、怒っている人、過ぎた時間を慈しみたい人、癒されたい人。そのどれもが、まるで、いつもの私のようなのですから。
幼い頃、風船にタネと手紙をつけて飛ばしました。
どこかで花が咲いているかも知れません。
どうなるかは、分からず飛ばしましたが、何も起こらなくても気持ちがワクワクしたことを覚えています。
そんな風船の行事に関して、実際に風船を拾った人が新聞に投稿して返事を出した、という驚く話も聞いたことがあります。
どこかで誰が受け取ってもいいし、受け取らなくてもいいし、自分が受け取ってもいい。
そんなものがたくさん詰まったnoteって、素敵だなあと思います。
風船を手放した幼い自分のワクワクした気持ちをほんのり想像しながら、今日も記事をここに落とします。
よい一日になりますように。
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