見出し画像

理解と解釈を間違えない

皆さん、ご愛読、スキをおしていただきありがとうございます。
朝晩冷え込みますが、身体や心と向き合いながらお過ごしください。

今回のテーマは「辛かったら、辞めてもいい」理論?風潮?が気になるためサブタイトルとします。このテーマは賛否両論あるため、今回は考えや思いを客観視するというよりも、主観的に少し勝手で、少し乱暴な言葉も使用されるかもしれませんがご了承ください。



今回は優秀な人が次の目標のために辞めるケース、なんとなく辛いから嫌だからやめたいと発言しているケースと多様ではありますが今回は後者のケースで考えます。

皆さんは「辞めたい」と思うことはありますでしょうか。周囲に「辞めようかな」など伝えていますでしょうか。そのような方は周囲にいますでしょうか。そして、自分がそれを耳にしたらどうしていますか?

➀引き留める
➁なぜ辞めたいのかを聞く
③そうなんだ、へ~(無関心)
④やめればいいじゃん。と(思う)(言葉にする)

どれか該当していますか?正直に伝えると私は④なんですよね。
辛い、やめたいと発言する人に当てはまる特徴は、言い訳や文句が多いと感じる。時間がない、お金がない、自信がない。「ない」を探しては使用する。

「辛いなら辞めればいい」は優しい言葉としてではなく
自分にとっての「辛いなら辞めればいい」はストレートな表現として使用しています。多分、上下関係や厳しい環境下でスポーツをやってきたことで根付いた古い考えなのかもしれません。
 嫌なら、辛いならやめればいいを鵜呑みにして、自分を肯定するために乱用しすぎではないかなと思います。と伝えても、じゃあ精神をすり減らせばいいの?過労で追い込めばいいの?とか極端なことを言っているわけではありません。そうして人の言葉や考えの意図を考えずに自分にとって都合の良いほうに0か100で解釈する風潮が良くないと強く思ってます。


逃げるか逃げないか
頑張るか頑張らないか
死ぬか生きるか

など人生は2者択一でも0か100でもなく
10でも20でも30でもいいと思うんです。
なんとなく怒られたから辞めたい。嫌だから辞めたいを続けるのではなく
何が嫌なのか、どの場面で辛さがあるのかを考える。

そうしてでた答えなら次にいきると思います。

24歳にして古い考えと思われるかもしれませんが、
反感も批判もあると思いますが正直に伝えます。

辛さや嫌なことから逃げるなと言っていません。立ち止まっても良いし、むしろ後退してもいい。それでも自分と向き合うことから逃げないでほしい。と思ってます。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?