見出し画像

照魔機関 第3話2/2 神の目と死の穢れ

第3話1/2はこちら

第1話はこちら


10月14日 みとし山 神の目前

 四辻と逢が遺体の場所に戻る途中、機関の捜査員とすれ違った。現場近くの木に帽子を目印にくくり付けておいた事を伝えると、二人は山を登った。遺体の場所まで戻ると、四辻の予想通り、機関と警察の混合チームが遺体の周りで作業を行っていた。

「あ、あの……クワバラですよね?」
 振り向くと、緊張した面持ちの青年が立っていた。
「しょ、照魔機関K支部の捜査官 加藤です。お二人の、く、クワバラの噂はかねがね伺っております。お会いできて光栄です!」

 よほど緊張しているのか、話している間も加藤は落ち着きなくスーツの内ポケットがあるあたりを触ったりしていた。その仕草を見た四辻はあることに気付き、興味深そうにポケットを指さして口を開こうとしたが、もう一人の声に遮られた。

「同じく支部の太田です。あなた方が来られたという事は、祭神は我々の仕事に納得がいっていないということですかね……」
 強面の男性、太田はそう言って不貞腐れたように頭を掻いた。

 四辻はニコッと微笑むと、二人に一礼した。

「はじめまして。お察しの通りクワバラの神無です。しかし、祭神様は決してそんなつもりで僕達の派遣を決めた訳じゃありませんよ。現に、委員会は僕達に天井下がり事象を捜査する権限まで与えていません。だから僕らは許可が下りるまで村に入れないんです」

 委員会が渋っている理由は、怪異である四辻が村に入った場合、おみとしさまが祟るという懸念があったからだが、四辻は物事を円滑に進める為か、自分の正体を隠す為か、そのように説明したのだと逢は解釈した。

 逢も一礼すると、簡単な挨拶をした。

「同じく、クワバラの日暮です。よろしくお願いします。もしかして、お二人が天井下がり事象の捜査を指揮されている捜査官でしょうか?」

 そう聞くと、太田はまた頭を掻いた。

「まあ、そうなりますかね。俺は前から村と関りがあったので、白羽の矢が立ちました。こっちの加藤は……頭はともかく、退魔の筋はいいんで、色々経験させておこうかと」

「一言多いですよ、太田さん」
 加藤にジトッと睨まれると、太田は冗談っぽく笑って返した。

「ところで、あなた方が発見したあの遺体の捜査は、こっちで進めるでいいですかね。境界の中にあるようですし」
「いえいえ、僕達の方で捜査を進めさせていただきます」
 太田が提案すると、四辻は首を横に振った。

「……お二人は村に入れないのでは?」

「先ほど見つけた被害者の遺留品から、彼が六敷町の住民だとわかりました。足跡の痕跡から、彼が亡くなったのも、ここではない別の場所だと考えています。おそらくは町で殺害されて、証拠隠滅を図った犯人によってここに運ばれたのでしょう。埋めようとした形跡もありましたので」

「でも、それだとあんな風になったのはおかしいと思いますけどね。人間が証拠隠滅しようとしたなら、そのまま埋める方が自然だし」

 太田は、捜査員によって運ばれていくバラバラの遺体を指差した。

「遺体があるのは村の中ですし、こっちで捜査中の事象と関係があると考えてもいいんじゃないですかね? クワバラに天井下がり事象の捜査権はないようですし、任せてもらえませんか」

「しかし、行方不明者の遺体を天井からぶら下げる怪異と、遺体をバラバラにした何者かでは、随分と犯人像が異なります。僕が思うに、天井下がり事象とこれは無関係なんじゃないでしょうか? 

 犯人の行動に一貫性がないことは、僕も相棒も疑問に思っています。でも、遺体は人間の手でここに運び込まれたのは確かです。犯人に死体損壊を指示する共犯者がいたとか、犯人が精神的な問題を抱えていたなど考えれば、警察機関の領域で十分事件の解決ができます。

 念のため怪異が関わっている可能性も考慮して、クワバラと支部の捜査員、警察機関の合同チームで捜査をしたいと考えています」

 太田は目を細めた。四辻が天井下がり事象との関係を否定し、人間の犯罪を大きく主張するのは、これを足掛かりに今太田達が捜査中の事件を掠め取ろうとしているんじゃないかと、そんな予感がした。

 四辻が言う通り、天井下がり事象と遺体をバラバラにした怪異の特徴は違う。しかし、太田達は全くの無関係とは言い切れないと思っていた。その理由は、現在村人が恐れている呪いとその元凶、トミコだ。今日の捜査で、太田はトミコが天井下がり事象と関わっている痕跡を見つけていた。

 保護施設地下で起きた騒動も、当然太田の耳に入っていた。被害者がこの辺りでトミコを目撃しているとすれば、バラバラの遺体にも少なからずトミコが関わっている可能性は高い。
 太田は、長年村と関わっていたことで、おみとしさまの能力についてある仮説を思いついていた。この事件は、長年彼が証明しようとしていた仮説——おみとしさまは特定の怪異を見逃してしまう——それが正しいと証明する証拠になるかもしれない。

 クワバラに遺体の捜査を任せたら、仮説を証明するチャンスを逃してしまう。さらに、捜査権がないはずの天井下がり事象の捜査をクワバラがすることになってしまうかもしれない。
 トミコが施設で起こした騒動を解決したクワバラは、当然村人が恐れる呪いのことを知っているはずだ。天井下がり事象にトミコが関わっている痕跡を知らなくても、連想している可能性はある。委員会でクワバラの命令違反が議題に上がれば、見逃した自分達まで火の粉を被りかねない。

 それに太田は、いきなり現れた本部の、それも自分より若い捜査官に手柄を横取りされるような気がして面白くなかった。頭では事件の早期解決を目指し、協調性を重視して自重すべきと思いつつ、口は四辻を攻撃していた。

「他の土地なら人間の犯行で説明付きますがね、ここは他よりも霊障が起こりやすい土地です。そっちの意見も聞かせていただけますか」

「そうですね。遺体を運び込んで埋めようとしたのは犯人の意志、神の目の前まで運んだのは……被害者の意志でしょうか」

「しかし、被害者の霊が自分の遺体をあんな風にするっていうのは——」

「しっくりきませんよね。ですが、おかげで僕達は遺体を見つけられました。彼はきっと、埋められるよりも、少しでも目立つ場所に行きたかったのですよ。
 それから、遺体を運ばせた怪異と、遺体をバラバラにさせた怪異が同じ怪異であると考える必要はないのです」

「どういう意味ですか」

「このバラバラ殺人には、最低でも三つの意志が働いているような気がするんです。遺体を処分する為に持ってきた犯人、遺体を少しでも目立つ場所に置きたい被害者、そしてバラバラにして神の目の前に置いた何者か、そんなところでしょうか」

「確かにここは霊が発生しやすい土地ですが、死んだ全員が漏れなく怪異になるとは言えませんよ。被害者が霊化した証拠があるなら別ですが」

「ありますよ」
 四辻はビニール袋に入れた泥だらけのスマホを取り出した。
「足だけの怪異が僕の相棒に渡した物です。指紋を調べていただければ、はっきりすると思いますが、おそらく被害者の遺留品です。すると怪異の正体は——」

 四辻は、境界内から運び出された遺体を調べていた逢に名前を呼ばれたのに気付いて説明を止めた。

「逢さん、そっちはどうだったかな」
「四辻さんの読み通りです。遺体の左足だけありませんでした。あたしの帽子にスマホを置いて行ったのも、泥塗れの左足です。被害者の霊が自分の左足を依り代にして動き出したと考えていいのかもしれませんね」

「ありがとう、逢さん。こうなってくると、余計にスマホの中身が気になるね」

 太田は面倒くさそうに頭を掻いた。

「仮に、被害者の霊が発生していて、見つかりやすい場所に遺体を移そうとしただけなら、分からんでもないです。しかし……バラバラにしたのは、何の意志が働いたからなんですか」

「そうですね……遺体の周りに付いているあの複数の足跡が遺体の損壊と関係していると考えてもいいんじゃないでしょうか。たぶんあれ、神の使いの足跡だと思うんですが」

「まさか、神の使いがおみとしさまの前で遺体を損壊させたっていうんですか?」

 太田が怪訝な顔をすると、四辻は苦笑いして、困ったとでも言いたげに頬を掻いた。

「僕も素っ頓狂なことを言っている自覚はありますよ。実を言うと、バラバラにした犯人はさっぱりわからないんです」

「……田畑さんはこの辺りでトミコさんを見かけたそうですが、彼女が遺体の損壊に関わっているとは考えないんですか?」

「どうなんでしょうか。だって、犯行現場はおみとしさまの目の前です。さすがに、おみとしさまが彼女を見逃すとは考えにくいですよね。もしかすると、田畑さんはトミコさんを山で見ただけで、遺体は見つけていなかったのかもしれません」

「つまり神無捜査官は、遺体の損壊とトミコは無関係と考えているんですね」

「はい。おみとしさまがいますし、彼女に犯行は不可能だと思います。でも、もし的外れなことを言っていたら、ご指摘お願いします。……すみません、僕はまだこの土地に疎いもので……。
 でも太田捜査官には、事件の全体が見えているんでしょうね。村の中のことや村にいる怪異のことは、報告書を読んだだけの僕より、あなたの方が詳しいはずですから」

 そう言うと、四辻はふわりと微笑んだ。

「今回クワバラに与えられた任務は、K支部のサポートです。なので、僕達はサポートに徹します。どうかあなたの手足だと思って使ってください。天井下がり事象の捜査と、地下で起きた怪異騒動で支部は混乱しているでしょうし」

 中性的で現実離れした彼の美貌には、人の警戒心を和らげる力が備わっていた。太田の緊張が僅かに解れたのを察した四辻は、それを好機と捉えた。

「これはただの提案ですが——クワバラは六敷町で被害者に何があって殺害されてしまったのかを調べ、発生した被害者の霊を捕まえる。太田捜査官と加藤捜査官には、天井下がり事象と並行して、遺体が損壊された理由を調べていただく——というのはどうでしょうか?」

 四辻は先程見つけた被害者の免許証を太田に見せた。

「住所を見るに、被害者は村と無関係みたいです。そして被害者を殺して埋めようとしたのは人間です。
 太田捜査官とお話して、僕は死体損壊は怪異の仕業なんじゃないかと想像することができました。もしかすると、本当に殺人と死体損壊は別の事件なのかもしれません。
 委員会には支部をサポートするように言われていますから、僕達が殺人事件と被害者の怪異の行方を捜査することは納得してくれるでしょう。
 どうでしょう? 太田捜査官は村の中を調べるのに忙しいでしょうし、外の事は僕達に任せていただけませんか?」

 太田は頭をガシガシと搔くと、頭の中を整理した。

(こいつ、本当に遺体を損壊した怪異の正体に気付いてないのか? そういや、田畑が名前を口にしただけで、天井下がり事象の捜査内容を知らないこいつは、トミコが何者なのかは知らないはずだよな。それに、おみとしさまの特性についても、データベースにある報告書に書かれている内容しか知らないようだ。
 それなら、トミコが遺体をバラバラにできた理由も分からないはずだし、天井下がり事象と遺体の損壊じゃ怪異の特徴が違うから、同じ怪異の仕業だとは考えないか。

 ということは、こいつは天井下がり事象に首を突っ込むつもりはなく、本当に殺人犯と被害者の怪異を追おうとしているだけ……。遺体をバラバラにした怪異の捜査をこっちに任せてくれるなら、俺は仮説を証明できるし、委員会に睨まれることもない、か)

 太田はそこまで考えると、四辻を一瞥した。彼は微笑みを浮かべて首を傾げた。太田の答えを待っているようだ。それにしても、この美術品のように整った顔は警戒心を削いでくる。

 大きな溜息を吐くと、太田はそのまま答えを出した。

「わかりました。殺人事件と被害者の霊については、そちらにお任せします」
「ありがとうございます。では早速、そのように上に報告します」

 しかし、太田が捜査に戻ろうとすると、四辻が今思い出したとでも言いたげに口を開いた。

「あ、そうだ。一つご意見を聞かせていただきたいんですが」
「はぁ、俺で良ければ」

「先程は、ああいいましたが、あのバラバラの遺体、犯人の意志ではなく怪異の意志だとした場合、やっぱり神の使いが遺体を損壊したとはどうにも考え難いです。おみとしさまは、いくら穢れそのものに頓着しなくても、穢れを好む神ではないでしょう」

「俺もそう思いますよ」

「ですよね。外から怪異がおみとしさまに気付かれず、境界の内側に入り込む方法は本当にないのか、是非ご意見を聞かせていただけませんか?」

「……外から怪異が侵入したとは思えませんね。昨日村の周りに置かれている神の目は全て無事だと確認できましたし、さっきもこの辺りを調べましたが、壊された場所はありません。それにもし壊そうとする奴がいたら、さすがにおみとしさまが黙っていないでしょう。

 目を壊さずに忍び込もうとしても、おみとしさまは縄張り意識が異常に強く、昔この土地にいた怪異すらも追い出した神です。常に無数の目で自分の縄張りに入り込もうとする怪異を探してますからね、どんなに変化が上手い怪異でも、境界を跨ぐ意志があれば、おみとしさまの眼力には敵わないでしょうね」

 太田は「村には狸や狐の一匹も入り込めませんよ」と冗談っぽく笑ったが、四辻は異様に深刻な表情を浮かべた。

「なるほど、村に入るのは思っていたよりも厄介……いえ、失礼。怪異がバレずに村の中に入り込むのは無理そうですね。ではやはり、おみとしさまには認識できない怪異がいるようです。たとえば——天井下がり事象の怪異」

 太田は眉間に皺を寄せた。
「……神無捜査官、天井下がり事象の怪異の正体を知っているんですか?」

「まさか、ただの思いつきですよ。でもその反応を見るに、当たりのようですね」

 四辻が笑うと、太田は隠す事もなく舌打ちした。

「怒らないで聞いてください、ただの想像の話ですので。僕は、もしもトミコさんが、あのバラバラ遺体、そして天井下がり事象に関係があるなら、あなたに捜査していただくのは、やはり都合が良いと思ったんです。なぜなら今回の事件、太田捜査官以上の適任者はいませんから」

 首を傾げる太田を無視して、四辻は続けた。

「もしトミコさんが遺体を損壊した犯人だったなら、なぜおみとしさまは悪霊の彼女に気付かないのでしょうか。やはり、支部の中で以前から議論されている、神の使いの正体について、答えを出す時が来たんじゃないでしょうか?」

 四辻が微笑むと、太田は面倒くさそうに頭を掻いた。

「誰ですか、あんたにリークした馬鹿野郎は」
「いませんよ。全部僕の想像の話ですから」

「ハァ……。隠し事は無駄みたいなので白状しますけど、俺みたいに、神の使いやおみとしさまの能力を疑う人間は少数派なんですよ。ですが……これがトミコの犯行なら、俺達にとって有利な証拠になる。そうなれば、すぐにでも委員会は計画を実行したがるでしょうね」

「ではやはり、おみとしさまには認識できない悪性の怪異がいるんですね。さすが元みとし村担当の調査官、頼もしいです!」

「……俺の経歴、教えましたっけ?」

「みとし村事象についての報告を閲覧している際、あなたの名前を見つけました。あの村は特殊ですから、捜査官を派遣するなら村を良く知る人物だろうし、同一人物だろうと思っていましたよ。では、また後程。
 あ、委員会にはさっきの内容で許可を取ったので、僕が天井下がり事象に関わろうとしたことを詮索するとは思えませんが、もし何か聞かれたら、僕の想像の話は忘れて、さっき決定したことだけを伝えといてください」

 そうペラペラと話してから一礼して去っていく四辻を目で追い、太田は頭を掻いて深く溜息を吐いた。

(どうにも、知りたい情報だけ引き出された感じだな。あの手の人間と話すのはどうも苦手だ)

 そこでふと、あることに気付いた。

(……しかし、田畑の言葉からトミコが死体損壊と天井下がり事象に関与していると連想したにしては、随分と自信満々だったな。あいつ支部で議論されている神の使いについての内容を知っているようだったが、まさか、詳細な捜査内容まで知っていたのか? いや、捜査の権限を持たない人間が内容を知るのは不可能なはず)

 そう考えたところで、支部長 柳田の顔が頭に浮かんだ。

(支部の責任者には、絶対におみとしさま信仰に感化されない人間が選ばれる。柳田は、祭神への信仰心の篤さだけで支部長に抜擢された男だ。身内が裏切らないか見張るのにあれ以上の適任者はいないかもしれないが、どうも間の抜けた男だ。

 待てよ、たしかクワバラは、祭神のおかんなぎ鏡のお気に入りだったはず……。まさか、柳田の野郎は上層部の方針に逆らってまで信仰心を貫く狂信者って訳じゃないだろうな……!)


 四辻と太田が話し込んでいる裏側で、加藤と逢は遺体を納体袋に入れる手伝いをしていた。ようやく作業を終えてチャックを閉めると、逢は袋の外側に沢山の魔除けの札が貼られているのに気付いた。

 逢の視線が気になったのか、加藤はしどろもどろに弁解した。

「えっと……太田先輩も俺も、守りより攻めの方が得意って言うか……。正直に言うと、俺達結界は苦手なんです。だからこんな風になっちゃうんです」

「苦手でも、できるのは凄いと思います。あたしは術が使えませんから」

「えっそうなんですか!? あ……」

「びっくりしますよね。それで四辻さんの相棒だっていうんですから……。でも、足を引っ張らないように、分析力で四辻さんをサポートしているつもりなんです」

「それ、何か凄く親近感湧きます。俺は太田先輩の足引っ張ってばかりだけど、先輩はできないものを補ってこそのバディって言ってくれるし。だから、もうちょっと頑張ろうかなって思ったりして」

 加藤の話を聞いた逢は、いつの間にか自分と四辻の関係を加藤と太田の関係に重ねていた。

「太田捜査官の事をとても尊敬されているんですね」
「あー、まあ、師匠なので」
 加藤がはにかむと、逢もつられて微笑んだ。

「あ、話し合いが終わったみたいですね。それじゃ、また」
「はい、加藤捜査官。お気を付けて」


神無四辻のメモ

・やはり、おみとしさまは、怪異の侵入に敏感なようだ。太田捜査官さんの意見を参考にすると、僕が忍び込むのはとても無理そう、残念……。村に入る許可が下りたら、できるかどうかわからないけど、おみとしさまを説得してみるしかないか……。

・バラバラ遺体の捜査中に抱いた疑問——おみとしさまには認識できない怪異がいるんじゃないか——は、柳田支部長に聞いてみると、以前から神の使いの正体について議論がされていると教えてくれた。

 記録によると、これまで土地の穢れの元は、因習に苦しめられた人の念だと考えられていた。そのため悪霊が生まれて悪さをしないように、おみとしさまの信仰を存続させることで悪霊を発生させないようにしていた。

 しかし、穢れが年々増加していることから、最近になって支部の中で穢れの原因とおみとしさまの能力を疑問視する声が上がり始めたらしい。悪霊は既に生まれていて、神の使いに成り済まして存在しているのではないかというのが、彼らの言い分だそうだ。

 今まではその証拠がなかったけれど、太田捜査官が言う通り、天井下がり事象とあのバラバラ遺体が、悪霊の存在を裏付ける証拠になるかもしれない。

・今までの支部の主な調査内容は、因習がなくなっているかどうかの確認と、穢れの量の測定、おみとしさまが穢れによって変質していないかの確認だった。

 そのため、機関の計画での僕の役割は、この土地の穢れと変質したおみとしさまを清めるというものだった。だけど悪霊が既に生まれていたとすれば、そっちも対象になるだろう。

・逢さんは記憶を取り戻しているみたいだ。今朝は久しぶりに真名で呼んでくれて、嬉しいと思ってしまった。全部思い出す事が彼女の為になるかどうかは分からないのに……。とにかく、今朝のような事が起こらないように、気を付けてあげないと危ない。

日暮逢の捜査ノート

 地元の警察機関とK支部の捜査員と連携し、被害者(足立さん)の捜査を開始した。

警察組織によると足立さんの失踪は、既に遺族から相談されていたようだ

 14日昼頃、北みとしの集落に住む被害者の母は、彼の同僚を名乗る男性から、被害者が無断欠勤していると連絡を受けた。被害者は独身であり、六敷町のアパートで一人暮らしをしているため、彼の母は電話にて被害者に連絡を取ろうとした。

 しかし電話は繋がらず、胸騒ぎを覚えた彼女は偶然仕事が休みで家にいた息子(被害者の弟)と一緒に被害者のアパートへ向かいながら、アパートの管理会社に連絡した。

 家族がアパートに着くと、ちょうど現場に到着した管理会社の担当と合流。呼び鈴に反応はなく、担当者がマスターキーでドアを開けた。部屋の中に被害者はおらず、机の上には遺書が残されていた。


遺書の内容
会社の金を使い込んでしまいました。いつか返せばいいと気楽に考えていたら、返せなくなってしまいました。責任を取る為に、誰にも迷惑をかけない場所で人生を終わらせます。申し訳ございませんでした。


 遺書はパソコンを使って書かれ、印刷されたものだった。被害者が変死体で発見されたことから、殺人事件の可能性を追求していく。

現場付近を通る車

 六敷町のライブカメラにて、13日深夜みとし村方面に向かい、14日早朝近くに町へ引き返すシルバーのワゴン車を確認。持ち主の特定を急いでいるとのこと。

田畑さんについて

 イレイザー注射後、彼は朝軽トラックで家を出てからの記憶を失っており、遺体を見たのかどうか、確認することはできなかった。四辻さんがイレイザーの使用に否定的だった理由がわかった気がする……。

 念のため靴のサイズや形等を調べさせてもらったけど、彼の靴のサイズは犯人の物と思われる足跡よりも小さかった。

検死について

 片足が怪異の依り代になっているため、当機関にて進める。みとし村で発生中の現象が影響して現場が逼迫している為、微力ながら協力させてもらった。

以下、現在判明している事

・死亡推定時刻は昨夜(13日)の夜9時から23時。胃の内容物が多い事から、直前まで飲食をしていた可能性は高い。

・頸部に爪や指による圧迫痕を発見、扼痕を疑い、被害者の死因は扼殺と推定。

・被害者の爪から犯人の物と思われる皮膚を採取した。

・左足の膝から下は今も見つからない。やはり被害者の霊の依り代になっていると考える。

・遺体がバラバラに切断されたのは死後。ノコギリのようなもので切られていた。現場の痕跡から、犯人は遺体を神の目の前で切断したと考えてよさそうとのこと。

 また、現場には犯行に使われたと思われるノコギリが残されていた。持ち主の名前が書かれており、みとし村村民に同姓同名のご老人がいると判明。
 四辻さんが太田捜査官に相談して事情聴取してもらっていた。ご老人は一週間ほど前に現場近くで作業をしていて、その時に紛失したと証言したようだ。昨夜は公民館でご近所さんの集まりがあったらしく、彼は泥酔して奥さんに迎えに来てもらったそうだ。他の村人もそれを目撃している。

片足の怪異について

 こちらは全部、四辻さんが担当してくれた。
 片足に取り憑いた被害者の霊と思われる怪異は、穢れの影響を受けて凶暴化しているかもしれないらしい。加害者とその周りに霊障による被害を起こす可能性があり、支部の捜査員に協力してもらい、被害者の職場である六敷商事を中心に監視してもらうことになったようだ。

懸念事項

 検死から戻ると、四辻さんがお葬式で使う小刀、祈祷済みの折り畳み式バケツ、大量の雑巾と水が入った2Lのペットボトル数本をリュックサックに入れているのを目撃した。

 どうやら被害者のスマホを調べた結果、これらが必要だと判明したらしい。理由を聞いたら四辻さんは、
「足を洗わせろ——って非通知着信があったんだよ」
 って言ってたけど……どゆこと?

「ところで、パンパンの大きなリュックサックが二つあるんですが、まさか一つはあたしのじゃないですよね?」って聞いたら、意味深な笑みを返された。一つはあたしが背負うで確定っぽい。重そうだけど持てるかなぁ……。

遺留品について

スマホ:被害者の遺留品。被害者が勤めていた六敷商事の、経理関連書類を撮影したと思われる写真が複数枚入っていた。被害者の遺書に横領に関する記述があったことから、四辻さんは捜査当局に調査を依頼した。

鍵の束:被害者の遺留品。自宅の鍵だけが見つからない。犯人に持ち去られたか。

スーツ:被害者の遺留品。遺体を切断する時に、邪魔になるため剥ぎ取られたと思われる。

ノコギリ:切断に使用されたもの。詳細は検死を参照。