あの淵の底で—— 第4話(全5話)
【見繕い淵事象】についての調査結果を表示します
怪鳥事象の担当者へ
フィルターの解除申請を受理しました。遺族に調査記録を明かす事を許可します。
照魔機関 情報部 箱上
【見繕い淵事象】
以下、風土誌より抜粋
~深山市に伝わる昔話 その⑤ 見繕い淵の伝説~
むかしむかし、ある村人が見繕い淵の近くで柴刈りをしていると、石にぶつかって鉈が折れてしまった。
腹を立てた村人は、鉈を淵に投げ捨てて帰ってしまった。
次の日、村人が淵を訪れると、投げ捨てたはずの鉈が直されて畔に置かれていた。この事を自慢すると、村人達はこぞって淵に壊れた物を投げ入れるようになった。すると次の日には必ず、壊れた物が新品のようになって淵の畔に置かれていた。
ある日、気性の荒い村の若者が、喧嘩をした勢いで友人の頭をパックリと鉈で割ってしまった。
焦った若者は友人を山に捨てに行った。そこでふと、淵のことを思い出した。
若者は淵に友人を投げ入れ、朝早くに迎えに来ると心の中で誓って淵を後にした。
次の日、早起きの村人が若者よりも先に淵を訪れると、淵に男の遺体が浮かんでいた。引き上げてみれば、それはあの若者の友人だった。
頭の傷が綺麗に消えても、生き返りはしなかったとさ。
——フィルターの解除に成功しました。
【見繕い淵事象】について当機関の調査結果を表示します——
調査前、【見繕い淵の伝説】は【椀貸し伝説】の派生と考えられていた。
(椀貸し伝説——慶事や弔事などで椀が大量に必要になったとき、とある淵に頼めば貸してくれるという伝説)
しかし、全国各地に伝わる【椀貸し伝説】とは異なり、【見繕い淵の伝説】では、壊れた物を投げ入れると直されるという珍しいパターンであり、椀貸し伝説というよりもイソップ寓話の金の斧を参考にして創作された話のような印象もあった。
実際に淵を訪れてみると、淵は国道のすぐ下にあり、釣り人も見かけた。水の上を鴨が泳いでいるが、何も起こらない。
この淵の周りは心霊スポットで、事故に遭った少年の霊が出る、上の集落で殺された女の霊が出るなど噂されているが、それは過去に起きた事件が関係していると思われる。淵とは関係なさそうだ。
この時点では他の深山市の伝説と同じで、創作の可能性が高いと考えられた。
しかし、柄を折った斧を投げ入れて一晩観察したしたところ、淵の底から新品同然になった斧が浮き上がり浅瀬に流れ着く事象が確認された。
この淵には、この事象を起こす何かが潜んでいる。
斧を機関に持ち帰り詳しく調べた結果、戻ってきた斧は投げ入れた斧に外見は一致するものの、全くの別物だった。
戻ってきた斧に使われていたのは未知の物質だった。この物質は水に浮き、鉄のように硬くなり、木のように脆くもなる。淵に住む怪異の一部なのだろうか? 調査を進めていく。
淵の名前が修繕淵ではなく、見繕い淵なのは、村人達が戻ってきた物の異常さに勘付いていたからだと思われる。
村人がこの淵を恐れた為か、現在この淵の事象を利用している人はいないようだ。ただのおとぎ話としてこの地域に伝わっている。