見出し画像

子どもたちの変化を考える その11

「コロナ禍」で明らかに変わった所について触れていく。2022年の中3の話題だ。「その9」の後半で挙げた1学期の期末テストが大変優秀だった学年である。

この期末テストが終わってちょうど結果が出た頃のことだ。2,3週間後に部活動の集大成「夏の大会」が開催される時期になった。Jくんの様子が気になった。屋外の部活の中心選手のはずなのに日焼けをしていない。夕方妙に早く塾に来ることも増えた。気になったので聞いてみた。
「部活は最後の大会だよね。調子はどうなの?」
「あ、言ってなかったですか?最近行ってません。顧問が気に入らないので」
「何か言われたの?」
「『最後だからビシッとやろう!』みたいなことを言われたんですよ、醒めますよね」
「でもさ、集団競技じゃん。他のチームメートも困るんじゃないの?」
「そんなことよりも自分の気持ちじゃないですか?」

大会が始まる週末が明けた。結果について聞いてみた。(一応、学校のHPで動向は知っている。そうでないと対応が例年難しいからだ)
来て早々Kくんが全体に話し始めた。
「やっと面倒なのが終わりました。部活終了!」
初戦で敗れたらしい。ニコニコしている。
Mくんの話にはもっと驚いた。
「土曜日の初戦はベンチ入りで試合に出られなかったんですけど、勝ちました。昨日2回戦だったんですけど、起きたらもう昼前で。そのまま休みました。夕方に友達から『負けた』とLINEがありました。今日学校に行ったら顧問から『何で昨日来なかった?』って叱られました。参っちゃいました」

そして結局Jくんも幽霊部員のまま大会会場には向かわず、最後の夏が終わったとのことだった。これは衝撃だった。いつもの年なら最後の試合の様子を事細かに話す子がいたり、話をするうちに涙が流れてしまったりする子もいた。勉強に熱心な生徒は「これで切り替えですね。でももうちょっと勝ちたかったな。この経験を入試に生かします」のような話題が出るものだった。

これはその日に教室で勉強していた、高1,高2にも動揺を与えたようだった。高1の生徒が言った。
「学年が1つ違うだけで違う生き物みたい。なかなか俺の同級生ににあんな感じの友だちはいませんよ」
高2の生徒も絞り出すように言った。
「先生もご存じのように最後の夏の大会は隣の中学と1試合マッチのみになりました。勝っても負けても終了。試合の終盤は自分らも相手も見に来た親も皆泣いていました。試合を終わらせたくなくて進行を遅らせたりもしました。こんな俺らの気持ちをあいつらは分からないんだろうな」
大学2年生の講師にもショックが見えた。彼女も高校最後の大会がただ無くなっている。というかキャプテンとして「最後頑張ろう」と意気込んでいた2カ月の活動すべてが無くなって突然のピリオドが打たれた経験を持っていた。

ただ22年世代の立場になって考えると仕方が無いのかもしれない。1年の時の入部は夏休み前まで伸びた。したがって2学年上が最後の大会に挑む様子を見ていない。前述したように20年の中3世代は対抗戦で最後の夏を終えた後に入れ違いのように部活が始まった。ギャラリーは家族2人ずつに限られ、下級生や控え部員は自宅待機だった。したがって兄や姉であっても見ていない子が大半だった。
2021年になると各種の大会やコンクールは開かれた。しかし控えメンバーは同行しない部がほとんどだった。つまり彼ら22年世代は「先輩の最後の雄姿」を見ていない。歓喜に湧く様子や悲しみに暮れる姿を知らないのだ。もはや私たちが体験した「部活動」とは似て非なるものだったのである。

2023年の中3世代はたまたま兄や姉がいる生徒が多かった。彼らの部活動が終わる頃に何人かの保護者から苦情を聞いた。
「もう上の子の頃の部活はありませんでした。練習はぬるい。先輩は先輩として行動しない。試合に勝とうが負けようがあまりこだわらない。あれなら小学生の頃に親が主導で行っていた『スポ少』の方がマシです」
これらの話を通しても22年世代の部活に関わるエネルギーの無さが異質だったのだと再確認した。

違う事例を一つ示す。やはり22年世代の中3であるが、夏期講習前に入塾してきた同級生を在籍している同じ中学の生徒たちが知らなかったことがある。しかも複数の事例であった。これは今までにない経験だった。2年余り同じ中学に通っているにもかかわらず、10人近くの在籍生が「知らない」というのは正直ショックだった。まあそれから塾を通して仲良くなった生徒もいた様子。これはマスク生活で「同級生なら顔なじみ」という概念が崩れたのであろう。
毎年卒業後に「卒業アルバム」を持ってきて、様々な思い出を聞く機会を3月に行っているが、この学年は極端に他人のエピソードが少なかった。ある程度社交的な子でも200人の同じ学年のうち30人くらいしか把握していない様子があった。

最後にもう一つ、これは2021年世代の中3である。2学期が始まって早々、ある生徒の親御さんが両親揃って教室にやってきた。いつも来るお母様が「今日の用件は勉強ではないことです。旦那がどうしても気になるらしいので先生に話を聞きにきました」と。そこで見せられた資料がスポーツテストの結果だった。
お父様が「こんなに全国平均や県平均と比べて悪い結果ってあり得ますか?」と持久走の欄を指さされた。男子だったので1500mのタイムがそこにあった。2019年の全国平均が6分5秒、県平均が6分26秒(愛知は長年スポーツテスト最下位相当である)に対して2021年の学校平均が6分48秒とあった。確かに100人単位の平均値が43秒も異なるのは異常事態である。この生徒は中2最初の休校時に私の塾で長く過ごした生徒だった。毎日のようにサッカー、野球、縄跳び、持久走、サイクリングなどをした。1年生の時に体育は「3」であったが、その後「4」「5」を取るようになって感謝された。しかしどうも彼が伸びたよりも他がひどくなっているということなのではないか?という話であった。

本文生徒のスポーツテストの結果

この持久走をはじめとするスポーツテストの一部種目の著しい低落は間違いなくコロナの影響だったと思う。残念なのはその後もこの分野において反発力がないことだ。「持久走」が悪いというのは、ただ体力が無いというだけで捉えてはならない。「しんどい時に頑張れる、粘れる」という指標になる。この部分は彼らの世代あたりから急激にしぼんでいる。さらに教育現場もそれを是とする空気がある。

まとめると2021~23年にかけての中学3年生は学習面での大きな低落傾向は無かった。しかし体力の面と部活に対する考え方、また友人関係においては大きな影響を受けたと考えられる。

いよいよこのシリーズも終わりが見えてきた。「その12」に続くことにする。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?