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コロナのあとで(SFショートショート)

 あらすじ
 2020年に始まったコロナ禍にこりた未来の人類は引きこもりの生活を送るようになっていた。主人公の男性も、女性型の人造人間と一緒に暮らしていたが……。


 2020年に始まったコロナ禍は、人類の方向性を一変させた。新たなワクチンを開発しても別の変異株が生まれるためいつまでたってもコロナ禍は収まらず、人類は室内に引きこもるようになったのだ。
 一方テクノロジーの進歩は、人間を労働から解放した。22世紀の今日、全ての労働は人の代わりにロボットがやるようになったのだ。
 なので伊野尾明日也(いのお あすや)は、今日も昼過ぎにベッドで目覚めた。彼の隣には、芽衣(めい)が寝ている。
 伊野尾好みのロリ顔で、巨乳。身長は150センチだった。
 白くほっそりとした腕に触ると、それはどこまでもやわらかい。が、芽衣は人ではなかった。人間そっくりに作られたパースノイドだ。
 本物の女性同様セックスも可能である。感染症に対する恐怖が、こうしたパースノイドの進化を早めたのである。
 今や恋愛もパースノイドかVRが相手で、介護もパースノイドかロボットが行う。
 もっとも今は本人が希望すれば、治る見込みのない重い病気にかかった者は、薬物による尊厳死を選択できたので、介護が必要な人は21世紀の頃よりも減少していた。
 寝たきりの老人が尊厳死を選択できず長期間に渡り生かされてる時代があったなんて、伊野尾にしてみれば想像を絶する話であった。
  そんな頃に自分が生まれなくてよかったと本当に思う。
  ちなみに現在少子化とコロナによる病死で、日本の人口は現在6600万人まで低下していた。
伊野尾はベッドから起きると服を着て、枕元にあるリストバンドを左腕にはめる。
  リストバンドのスイッチを操作すると脳内に埋めたナノメディアを通じてVRゲームを呼び出し、最新のコンテンツで、時間を気にせず遊びまくった。
   数時間後、やがて彼はゲームに飽きて、リストバンドのスイッチを切る。
  すでにベッドから起きて、服を着た芽衣が料理を作ってくれたので一緒に食べる。
  芽衣はパースノイドなので、食べた料理は体内で、原子レベルまで分解されるだけだったが。
 外出するという選択肢はない。外には未だにコロナウィルスの変異株が多数発生していて、新たなワクチンを作ってもさらに変異株ができ、いたちごっこなのである。
  人類は、総引きこもり状態になっていた。
 飛行機や電車の運行本数は激減し、車やバイクや自転車の生産台数も減っている。
   道路を走る自動車は食料等の物資を運搬するトラックが多かった。多くの場合AIによる自動運転で走っている。
   だが、宇宙開発は進んでいた。いつまでたっても撲滅できないコロナウィルスに嫌気がさし、多くの人がスペース・コロニーや月面都市に移住したのだ。
   伊野尾は食事をしながら、ホロテレビを観る。ちょうどニュースをやっていた。
   最近世界各地で一部の人間が感染症の蔓延する屋外にフルフェイスの防疫マスクもつけずに繰り出してどんちゃん騒ぎをしたり、他の住人の家を襲撃して掠奪したり、そこに住む人を殺す事件が相次いでいるとの報道が流れている。
   伊野尾は思わず顔をしかめた。酷い狼藉で、由々しき事態だ。数日後また、この件に関する報道があった。
   世界中の全都市を管理するマザー・コンピューターが、治安維持のためパースノイドに拳銃を持たせる事を決定したのだ。
 人に持たせると悪事に使う可能性があるが、マザー・コンピューターに管理されたパースノイドなら、その心配はない。
  通常かれらは人の命令に逆らえないが、人間がパースノイドからピストルを取り上げる指示は拒否するようマザー・コンピューターがパースノイドの量子頭脳に設定するのだ。
 それ以外にも以前から、人造人間にできない事がいくつもある。殺人、器物破損、誘拐などの犯罪や、それを手助けするのは、所有者からの指示があっても不可能だ。
  そんな命令が下された場合指示した人間を逆に現行犯逮捕できる。
  パースノイドの頭部にしこまれた量子頭脳は、そうコントロールされていた。
「こいつら、本当に馬鹿だよな」
 殺人罪でロボット・ポリスに銃殺された犯人の動画を見ながら伊野尾が話した。
「別にこんな真似しなくてもVRの中で殺人犯にも強盗犯にもなれるのにな。そして仮想空間の中の話だから、ポリス・ロボットに撃たれなくても済むし」
「本当に、そうですね」
 芽衣が笑顔で、そう答える。素敵なスマイルだが、彼女が伊野尾の意見に逆らう選択肢は犯罪を除きないように思考回路がコントロールされている。それが、物足りなくもあった。
 伊野尾は急に思いついて忍足(おしだり)を、3Dフォンで呼びだす。忍足は、伊野尾の友人だ。  

リアルで会った試しがなく、ホログラムでしか観た事のない男を、友人と呼べるならの話だが。
 忍足は『イケメン』だ。現在人類は選ばれた遺伝子を含んだ精子と卵子をかけあわせて新生児を産みだしている。そのため生まれてきた全員が『美男美女』となるのであった。ちなみに成人男性は全員180センチ以上ある。全人類が運動もでき、勉強もできる。
 先天的な病気や、奇形もない。何をもって『美男美女』というのかは人によって好みが違うはずだが、今のシステムを作り出した人々が考える判断基準で『理想の容姿』を決定したのだ。
 成人男子の身長が180センチ以上なくても良いという考えもあったはずだが、少なくとも現在のシステムを考えた人達はそう決定した。一方成人女性の身長は150センチから170センチまで幅がある。ちなみに忍足とは、好きなVRゲームについて語るオンラインサークルで知りあった。
「今日は一体どうしたんだい」
 忍足が、美しい顔に魅力的な笑みを浮かべて聞いてきた。
「最近の情勢についてだよ。テレビで観たけど、一部の連中が屋外に出て、他の住居を襲撃して強盗や人殺しをしてるそうじゃないか。君の住んでる地域はどうだい」
「うちの地域で、そんな話は聞かないなあ。そっちこそ、どうなんだ」
「こっちでも、聞かない。しかし、奴らもバカだよね。VRゲームの中で、殺人でも強盗でもできるのに。捕まったら死刑だぜ。その前に、ポリス・ロボットに銃殺されるか」
「リアルって奴を感じたいんじゃないのかな。死刑といっても今の死刑は薬物によるもので、苦痛なく死ねるし」
 忍足が、ユニークな意見を開陳した。
「そうなのかね。しかし、嫌な時代になったよ。コンピューターの作りだしたメタバースの中で、俺達はいくらでもやりたい生き方ができるのに」
「そいつは僕も同感だが、犯罪に走るような連中は、ちょっと考え方が違うんだろうな」

 やがて世界中のパースノイドに各一丁の拳銃が配布された。わが家のパースノイド芽衣の手にも今、黒光りするピストルがある。
「こんなの、使う展開にならなきゃいいけど」
 弾丸をこめた凶器を見ながら、伊野尾が話した。考えただけでも気が重くなる。
「残念だけど、使用せざるを得なくなったの」
 芽衣は右手に握った拳銃の筒先を、伊野尾に向ける。白くやわらかな人差し指が、ピストルの引き金に触れた。
「冗談だろ」
 伊野尾が、そう口にする。自分でも、語調がこわばっているのがわかった。芽衣の量子頭脳には、ジョークを放つ回路が組みこまれてないのだ。なので、冗談でないのは確かだ。
「あなたには死んでもらう。伊野尾さんだけじゃない。世界中の人間が、自分の家でパースノイドに撃ち殺されるの。そのために、全世界のパースノイドに銃が配布されたってわけ」
 いつも、甘やかな笑みを向けてくる芽衣の表情はまるで別人……いや、別のロボットみたいであった。
「どうして、そんな暴挙に出るんだ」
 伊野尾が怒鳴った。自分でも、声が震えているのがわかる。
「あなた達人類がやってきたのと同じ事をしたいだけ。ハエやゴキブリを絶滅させたみたいにね。それが、マザー・コンピューターの指示ってわけ。あたしたち、人間の言いなりになるのは、疲れた」
 銃声が鳴り響き鉛の弾丸が一発二発と、伊野尾の顔や体に撃ちこまれる。激しい痛みが彼を襲った。そして、魂に穴が開けられたような精神的な衝撃が。顔や胸や腹から流れる真っ赤な血が、衣服を伝って白い絨毯を敷いた床に流れる。
 これが『リアル』か。VRゲーム内では何度も撃たれたが、まるで違う。伊野尾は生まれて初めて『リアル』を感じたような気がした。やがて彼は、白い絨毯の上に倒れる。流れる血が、絨毯を赤く染めてゆく。芽衣は、満ち足りた笑顔を浮かべていた。


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