ストロー・ハット(SFショートショート)
あらすじ
時は未来。ある男性がSNSで、旧知の女性の画像があるのを発見するが……。
ごぶさたです。思わぬ場所であなたの画像を見つけたので、ついあなたのアカウントにメッセージを送ったのをお許しください。
無論あなたの顔は、ピンクのハートマークで隠されてました。
でもぼくは、こういうのを消すテクニックを知ってるので、消したらあなたの美しい顔が現れた次第です。
あれから長い時間が経ったのに、あなたはあまり変わってないのでびっくりしました。
でも、考えてみれば当たり前です。あなたの画像が映ってるのは地球から遠く離れた恒星系にある惑星ストロー・ハットでしょう。
大学を卒業したばかりのあなたが失踪してぼくはずいぶん心配したけど、ちょうどあの頃ストロー・ハットに向かう第1次移民船が出発したので、あなたはそれに乗ったのでしょう。
光速に近いスピードで目的地に行くのだから地球で長い歳月が経っても、あなたの体感時間は5か月も経過してないですから。
ウラシマ効果とはよく言ったものです。亀ならぬ宇宙船に乗ったあなたは、竜宮城ならぬ植民星に行ったんですね。
しかしストロー・ハットとは、言い得て妙です。
画像で観たけどこの星は地球に似た青い惑星ですが土星に似た輪があって、輪を帽子のつばに見立てれば麦わら帽子(ストロー・ハット)に見えなくはないですから。
念のため確認しますが、月性凛(げっしょう りん)さんですよね。
アカウント名は、違う名前になってますが。
ぼくもアカウント名を変えてますが、あなたが生徒だった大学の経営者だった嵯峨蓮(さが れん)です。
月性さんに告白して手ひどくふられちゃったからぼくの体感時間ではだいぶ昔だけど、ぼくは今でも覚えてます。
当時ぼくは50歳で、月性さんは大学4年の22歳でした。懐かしいです。
あなたは今遠い宇宙にいるけれど、このメッセージは量子テレポート通信で届くので、すぐ受信できるでしょう。
便利な時代になりました。返信お待ちしています。
嵯峨さん、返信遅くなりました。おっしゃる通り、わたしは月性です。
わたしの体感時間で5か月しか経ってませんが地球では100年過ぎたはずなので、連絡が来て、驚いてます。
いくら人の寿命が昔に比べて長くなったとはいえ、150年生きてる人は、さすがにいないと考えたので……今おいくつですか?
そうそう。わたしが地球から100光年離れたストロー・ハットに来たので、びっくりされたかもしれませんね。
でも、地球に似たストロー・ハットという星に興味があり、わたしが卒業したタイミングで第1次移民船に乗る人を募集してたので、これも何かの啓示かなって。
別に神様とか、信じてるわけじゃないですけど。
返信ありがとう。来ないと思ったら、ちゃんとメール返してくれて嬉しいです。
でも、一緒に送ったSNSの追加リクエストは、承認してくれないんですね。残念です。
あれから地球では100年経ったので、驚くのも無理ないですよ。
凛ちゃんも知ってる通りぼくは君に告訴され、ストーカー罪で収監されました。
正直むごいと感じましたよ。暴力を振るったわけでもないのに。
今思えば、凛ちゃんに対するアプローチがしつこかったかもしれません。でもだからって、告訴までしなくても……。
それほど、君を愛してたのです。
日本は21世紀後半になってから、犯罪に対する刑罰が重くなりました。それ自体は、賛成です。
従来の日本の刑法は凶悪犯罪に対する罰則が軽く、短期間で出所した犯罪者が似たような犯罪を繰り返すような事が頻繁にありましたから。
でもちょっと女を口説いたからってストーカー罪の判決が出て、何年も刑務所に行くなんて、残酷です。
ブタバコに入ってから、人生は悲惨なものになりました。
まず、ムショ暮らしが最悪でしたよ。口にするのもおぞましい体験ばかり、味わいました。
ぼくが前科者になったので、大学の経営権は弟に移ってしまいましたし。
死んだ父から受け継いだ他の会社の経営権も、あいつに全部盗られてしまった。
妻子にも逃げられて、慰謝料をたんまりふんだくられましたし。
でもね。ぼくには、父からもらった多額の遺産があります。
20年刑務所に入って70歳で出所したぼくは人を雇って、ムショにいるうちにあなたがストロー・ハットに向かったのを調べだしました。
が、その時点では凛ちゃんは宇宙船の中で、凛ちゃんがストロー・ハットに到着した頃には、仮に生きててもぼくは150歳になってます。
今や22世紀になりましたが、現代の進んだ医学でも、この年齢まで生きるのは難しいです。
なのでぼくは、冷凍睡眠に入りました。無論本来ぼくのような前科者は、コールド・スリープに入るのを禁止されてます。
人を使って凛ちゃんを調べるの自体法で禁じられてますが、世の中には金をはずめば、違法行為に喜んで、手を出す者がいますから助かります。
つい最近冷凍睡眠から目覚めたので、ぼくは今も70歳です。そしてあなたのいる星へ向かってます。
凛ちゃんが地球を旅だった時代と違い今はワープ航法が実用化され、一瞬でそちらへ移動できます。
君がストロー・ハットのどこにいるかも、調べはついてます。
心配いりません。ぼくは一目あなたに会いたいだけです。
*
嵯峨さん、最初わたしはあなたからSNSのアカウントへメッセージが届いた時、返信する気はなかったです。
でも、すぐ警察に相談したらこう言われました。
『現在嵯峨の行方はわからず、どこからメッセージを送信したかもわからない。なので申し訳ないが、嵯峨とメールのやりとりをしてください。そうする事でどこから連絡してるか逆探知する』とお願いされたのです。
あなたと交信するなんて吐き気がする程嫌でしたが、これもあなたを逮捕するためと自分自身に言い聞かせながら、感情抑制剤を飲んでがんばりました。
『ちょっと女を口説いた』と書いてたけど、わたしにはそう思えなかった。
そもそも妻子がいて50歳にもなるのに、22歳の若い女に交際を迫ったの自体非常識です。
無論世の中には、年齢差が大きいのに恋愛や結婚をしてる人もいます。
あなたのようなお金持ちから求愛されれば不倫でも、喜んでつきあう女もいるかもしれません。
でも、わたしは嫌です。彼氏がいたし、いなくても不倫なんてありえない。なので交際を断りました。
にも関わらず、あなたから連日のようにわたしの脳内のナノフォンに電話やメールが届きました。
驚いたのはナノフォンの番号やメアドを教えてないにも関わらず、それが届いたって事です。
わたしは恋人と相談し、嵯峨さんを告訴しました。が、あなたがお金持ちだったせいか、警察の動きは鈍かった。
なのでわたしは週刊誌の記者に知らせ、記事にしてもらいました。
記者の方が調べたら他の女性に対しても、色々やってたそうですね。
また記事をきっかけにストーカー行為以外のパワハラやセクハラで告訴する人達が現れ、警察の捜査の過程で脱税等の悪事が次々発覚して、あなたは20年刑務所に行きました。
わたしは被害者にも関わらず、ネット上で複数の匿名のアカウントから『賠償金目当てのでっちあげ』とか『本当は嵯峨さんと男女関係にあったのに痴情のもつれから嘘の告発をした』とかデマを流され、すっかり日本に……地球にいるのが嫌になったのです。
そこで彼氏と故郷の星を出る移民船に乗りこんで、ストロー・ハットで結婚しました。
あなたがどこにいるかは警察がつきとめたので、すぐ逮捕されるでしょう。
あなたは本来わたしへの接近を禁じられ、メールで自分で書いたように、本来は禁じられてる冷凍睡眠も闇の業者に依頼しました。
再犯というのもあり、あなたは今度は50年は出所できないと弁護士の先生に言われてます。
ちょうど今、あなたが地球の宇宙港で逮捕されたと連絡がありました。
一応このメール送信するけど、逮捕されてあなたの脳内のナノフォンを使用停止にされたら、もう読めないかもね。
今からあなたが、再び刑務所で『口にするのもおぞましい体験』を強いられるのを楽しみにしてるよ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?