○○な人は嫌い

これは私が受験で京都大学を目指すことになった一因といえる。中学校を遊びに恋愛に部活に、いや怠惰な日常に費やした私は高校入学時点では立派に何にも持たざる者になっていた。ただ心の奥では、元々頭の良い奴は嫌いだとか家が金持ちの奴は嫌いだとかそういった類の愚痴を溜め込んでいた。しかしすぐにそれは負け惜しみでしかないのだと気付いた。勉強の出来ない者が「勉強しか出来ない人はだめだ」と口にしたり、貧乏な奴が「お金では買えないものもある」と主張しているのは惨め以外の何物でもないのだと深く認識した。そこから私の反骨心による努力が始まった。勉強しか出来ない奴はだめだとかお金では買えないものもあると胸を張って言えるための。

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