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ベトナムの家具にみた大きさの多様性(後編)

(前編のつづき)

3.ベトナムの家具の大きさ


 では、どのような家具に座っているのかをもう少し詳しくお話ししたい。
 屋外でみる小さく軽い家具は、プラスチック製が多い。安価であること、耐水性があること、軽く持ち運びが容易なこと、また積み重ね可能なためだろう。これらは規格品で、スツールタイプと背持たれ付タイプがあるが、前者は座部の高さが10cm、16cm、26cm、45cmと3種類、後者は32cm、44cmと2種類あり、これらの組合せだけでも5~6種類の高さの椅子を使っていることがわかる。また必ずしも人が座るためではなく、ものを置いて売り場を設えたり、ひっくり返してカゴにしたりと使い方は実に様々である。

高さの異なる既製のプラスチック製椅子
椅子を調理台にしたり、積重ねてストックする店舗


 高さの多様さはプラスチック製に限らず、木製や金属製でも同様にみられる。特徴的なものをいくつか挙げたい。
 小さいもので言えば、木製の引出し付きの椅子がある。路上マーケットで物売りが座っていたもので、高さが18cmと低いことで地べたに広げた野菜を切ったり渡したりと作業がしやすい。引出しにはお金が入っていて直ぐに渡すことができるし、座っているから盗られることもない。ちなみにこの引出付き椅子は高さ64cm、77cmのものも発見した。

木製の引出し付き椅子


 室内ではsalonと呼ばれる、複数の椅子とテーブルのまとまりがある。日常的には食事や団欒など家族の場、儀礼や来客時にはもてなしの場として使われる。椅子の高さは37cmで統一されているが、幅に違いがある。また椅子の座面が全て平坦になっていることで、床座の際には椅子がテーブルになる。テーブルと椅子の素材や縁取りのディテールが全く同じことから、それは設計時に意図された使い方なのかもしれない。

複数の椅子とテーブルがセットとなったSalon

 デイベッドは、ベッドと名前にあるように寝床になるが、裏腹に道路に面したリビングに置かれていたことが面白い。日中はこの上で複数人で団欒したり、食事をとったりもする、非常に多くの行為を受け止める家具だ。その点は畳と通ずるところがあるかもしれない。

木製のデイベッド


 家具の大きさの多様さは、使い手によってもつくられる。例えば、これは路上マーケットで見られる椅子である。低い背持たれ付きの椅子だが、前述した高さ45cmほどのプラスチック製の椅子の脚を切断していることがわかる。またその逆の例もある。これはプラスチック製のスツールをいくつも積み重ねて、座面の高さを上げている。このように、ベトナム人は自らの家具を、取りたい姿勢に適した大きさに調整する。

左:脚部を切って調節された低い椅子
右:複数の椅子を重ねて調節されたスツール


4.座面の高さと広さからみる家具の多様性

 ベトナムの家具の大きさが、どれほど多様なのか、定量的に整理したグラフをご紹介したい。
 これはホーチミンシティに位置する市場併設の集合住宅及び住宅群のある街区で、家具の調査を行った際に取りまとめたグラフである。縦軸に座面の高さ[cm]、横軸に座面の広さ[c㎡]をとり、大きさのばらつきやまとまりを捉えようとしている。
 結果をみると、まるで筆を振って絵の具を飛び散らす技法スパッタリングのように全体的に疎らであり、家具の大きさが一定の広さや高さに収束していないことがわかる。

図. 高さ・広さと類型からみた家具の大きさと特徴

 一方で、少し具体的に見ると一定の傾向もみられる。例えば、35cmの高さを見ると[背のある椅子(緑・黄緑)]は多く集中しているが、[背のない椅子(青・水色)]はほとんどなく、この高さはベトナム人にとって深く腰をかけて寛ぐことに特化した高さであると考えられる。10~25cmには[背のある椅子(緑・黄緑)]はほとんどなく、[背のない椅子(青・水色)]が集中しており、この高さは寛ぐというよりは、身体の向きや姿勢を変えながらの作業、机や台としても使用可能な汎用性、持ち運びの容易さ等、様々な使い方を許容する高さであると考えられる。横軸の広さは、色ごとに一定のまとまりがあることから、家具の類型ごとに異なることがわかる。


5.おわりに

 ベトナムの家具の大きさは、その圧倒的な種類の多さから一見無秩序にみえるが、こうして幾つかの例を取り上げると、露店の仮設的な店構えを最大化するための小ささ、複数人での団欒/昼寝/食事など日常生活のあらゆる場面をくまなく受容する広さなど、事情は違えどその場その時の合理の表れであると考えられる。  
 それは、身体の大きさと数学的・美的な配列に基づいて基準寸法を体系立てたル・コルビュジエによるモデュロールや、家具などの調度品の一般化・流通化の思惑から行動や環境のパターンに基づいて大きさの標準を見出すエルンスト・ノイフェルトによるArchitect's dataなど、身体の大きさに強く依拠した普遍的・計画的な大きさによる総体ではない。身体の大きさに加え、身体の中に培われた地域性を伴った生活文化や、ありあわせでその場その時の快適さを探り当てる身体感覚など、様々な要因が複雑に織り重なって立ち現れる大きさによる総体である。だからこそ、その多様性は文化圏の外の私たちの座るの想像や概念を大きく押し拡げるのだ。

小泉亮輔
1996年千葉県生まれ. 2018年芝浦工業大学卒業. 2019年~2020年 NISHIZAWA ARCHITECTSインターン. 2021年東京工業大学修了(那須聖研究室). 2021年〜畝森泰行建築設計事務所勤務

写真:Ryosuke Koizumi, 2021
出典:小泉亮輔, 那須聖:人体系家具の大きさと行動場面からみた身体尺度 ベトナム・ホーチミン市ビンタン地区ティゲー市場とその周辺を対象として, 日本建築学会計画系論文集, 87巻797号, p.1116-1123, 2022年
https://www.jstage.jst.go.jp/article/aija/87/797/87_1116/_article/-char/ja/

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