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AirPods Pro(あるいは闘病記録、あるいは覚悟の足りなかった父親)

AirPods Proを買った。前々から気になってはいたものの、完全ワイヤレスのイヤホンはすでに長く使っている商品が手元にあったし、特にそれで不便も感じていなかったのだけれど、娘(2歳4ヶ月)が流行性の胃腸炎にかかったことが直接的なきっかけとなって、40,000円くらいの最新機器がmy new gear…と化した。どういうことなのか以下に経緯を書く。

激しい胃腸炎を引き起こすウイルスの筆頭であるノロやロタはべらぼうに感染力が強く、学校や介護施設など集団生活下で流行してしまうと、並の対策では完全にシャットアウトするのは難しい(アルコール消毒も効かない)。冬から春にかけて猛威を振るうこれらのウイルスは私たちの娘が通う保育園にもがっつり蔓延しているようで、年末年始の休みを挟んで久しぶりに娘を登園させた週の終わりの夜、とんでもない量のゲロが布団の上にぶちまけられることとなった。悪夢の始まりである。

娘はそれは可哀想だったし懸命に看病もしたが、ほどなくして私と妻も感染し、二人とも本音ではそれどころでない状態に陥った。強烈な腹痛に加えて発熱や関節痛が身体を襲い、固形物を食べたときは勿論のこと、OS-1を少しずつ飲んでも結局吐いてしまう。運良く体が受け付けてくれたとしてもほとんど吸収されずに下から出ていく。ああ、人間とはつまるところ弁のついた大きな筒なんだ、と幾度となく思った。いや、そんなある意味シャレの効いたことを考えていられたのは飲んだ痛み止めが効いている間だけで、あとはもうずっとひたすらに苦しかった。

私は新型コロナにも罹ったことがあり、そっちはそっちでかなり辛かったが、瞬間最大風速的な痛みの強さや、丸2日ほどまともに飲食ができなかった精神的な苦しさを考えると、今回の胃腸炎はコロナに負けないくらいしんどかった。おまけに娘は親たちよりも一足はやく回復してやれ遊べやれ抱っこしろというモードになってくるので、絶対安静というわけにもいかず思うようにリカバリーが進まない。もちろん仕事は休むので行き場を失ったタスクが滞留をはじめ、社用スマホへ山のように通知が届くのを私たちはなすすべもなく放置した。エリ・エリ・レマ・サバクタニ(神よ、どうして私を見捨てられたのか)

前置きが長くなったが、なぜ上で書いたようなこととAirPods Proの購入がつながるのか、という話にようやく入る。

私の数少ない趣味のひとつが音楽を聴くことなのだが、2歳児を育てている生活の中では、日中まとまった時間をそれに費やすことができない(スピーカーで流していても姫君が「これいや。トトロのきょく」などとのたまう)。というわけで、YouTubeやSpotifyを巡回したり、お気に入りの作品を聴くのは必然的に子供が寝た後が中心ということになるのだが、今回のように子供の体調が夜中に急変した場合、耳が完全に塞がっていると、いくら隣で寝ていてもワンテンポないしツーテンポ反応が遅れることにようやく、本当にようやく思い至った。嘔吐したらすぐに気道を確保しなければ窒息の危険性もあるし、より重篤な、一刻も早く救急車を呼ばなければならない症状があらわれることもあるかもしれない。そんなリスクがある中、呑気に耳を塞いでいるべきではなかった。自分の不注意を恥じた(というか、妻にかなり叱られた)。

ここまで書いたら察しがつくと思うが、私がAirPods Proに求めたのは誉れ高いノイズキャンセリング機能ではなく、むしろ集音機能の方である。外音をキャッチしたいという目的なら骨伝導ヘッドホンでも事足りるのだが、中低域がほとんど発散してしまうこともあってもっぱらラジオやPodcast用に使用していて、いわゆる音楽鑑賞には使ってこなかった。その点、Airpods Proは既存のカナル型イヤホンとそう変わらない使用感を保ちながら、かなりしっかりと外音を集めることができる(オープンイヤー型ヘッドホンを使っているときに近い?)。実際に使ってみて、これは本当にすごいぞ、と思った。

ノイズキャンセリングはノイズキャンセリングで噂に違わぬ性能で、色んな人が言っているとおり、誇張抜きに「周りの音が消える」瞬間を味わうことができる。素晴らしい性能だし、何とも未来的だ。自分のなかの中学生マインドがくすぐられる。在宅ワークや、買い出しなどたまにひとりで外出する際にもすっかり手放せなくなった。

面白いといえば面白く、当たり前と言えば当たり前なのだが、リスニング環境が変わると聴く音楽の種類も変わるもので、以前に比べると普段聴く音楽の「抽象度」が上がった。どういうことかと言うと、歌もの→インスト、アップテンポ→ダウンテンポ、ビートのアタックが強調されたもの→ビートレスないしドローン/アンビエント系、といった具合に、いわゆるポップスとしての骨格が明確な音楽からそうでない音楽へ、どんどん再生の傾向が移っていったのだ。そして、これまでさほど積極的に聴いてこなかったジャンルが多いだけに、掘れば掘るほど、アルゴリズムに従えば従うほどに素晴らしい作品との出会いがあり、とても楽しい。

述べたような変化は、ノイズキャンセリングがもたらす静寂に誘われたものである一方、夜中に(外音取り込み機能で)娘の寝息を感じながら、小さな音量でひっそりと音楽をかけるシチュエーションに適したものを自然と選んでいるということでもあるだろうし、もっと言ってしまえば、うら寂しい冬の気候だとか、単に加齢が影響しているのかもしれない。気に入っている具体的な作品名を挙げてごく簡単に寸評しようかとも思ったのだが、ここまでで既に書きすぎてしまったので、またの機会に譲る。