occult

よく知らない顔がタイプの男から指輪を貰ったらえらいことになった指輪物語(1)

 客も疎らなカフェのソファー席で、いかにも指輪の入っていそうな小箱を開けると、やはり指輪が入っていた。
 おそらくダイヤと薄いブルーの石がシルバーのリングに品よく並んでいて、素直に良いデザインだなと思った。
「これは一体?」
 私は、その小箱を突き出してきた対面の男を見上げる。
 忌川碧は真剣なようにも興味の無さそうにも見える、何を考えているのかいまいち解らない三白眼で私を見ている。
 この男から指輪なんてものを受け取る謂れは無かった。
 恋人ではない。
 友人でもない。
 つい三時間程前に初めて会った知り合いたてホヤホヤの間柄で、何ならこれから関係性が育まれる予感も薄かった。
 友人の紹介だった。趣味が合う気がするから会ってきなよと気軽に言われ、暇な私はのこのこと会いに行った。家族も友人も誰も付き合ってくれないマイナーな映画を一切の異論も示さず一緒に見てくれた辺りは、確かに趣味は合うのかもしれなかった。礼儀正しく、服装も簡素なバンドカラーシャツに仕立ての良い黒のコート、姿勢も綺麗でただコーヒーを飲むだけの所作にも品があった。紳士だった。きちんとしていた。顔についても嫌いじゃなかった。というか好きだった。全体的に色素が薄く、スッと通った鼻梁の整った顔立ちに、冷めた印象の三白眼が静かでよかった。友人は趣味が合いそう、なんて言い方をしたけれど、顔がタイプであろうと本当は言いたかったんじゃなかろうか。
 それなのに、私は終始落ち着かず、心から楽しめなかった。何とも言い難い違和感がずっと取り巻いていた。最初は初対面の、綺麗な男とのデートに緊張しているだけと思ったけれど、そんな浮ついた心持ちじゃなかった。悪いところは一つも目立たないのに、良いところは幾つも挙げられるのに、何故か好きになれない。
 そして、そろそろ帰ろうかな、というタイミングで身に覚えのない小箱を出され、違和感は弾けて答えが出た。
 人らしくない雰囲気がするから苦手なのだ。この人。
 一つ一つを見れば華麗に整っているのに全体を見るとそれらがただの『演出』に見えてしまう。見せたくないものを隠すためのカモフラージュ、というより『人間の振舞いというものが解らないのでとりあえず最適解を採用しました』というふうな。
「話せば長くなる、持っていて欲しい」
 忌川はそれだけ言った。
「何? 彼女にあげようと思ったけど別れちゃったとか? 長くなってもいいから説明して欲しいなぁ」
 笑ってそう食い下がると、忌川は無表情のまま首を左右に振る。
「大変気味の悪いことをして申し訳ない。とにかくそれは、君の物なんだ」
 気味が悪いことをしている自覚があることに幾らか安心した。
「受け取ってもいいけど、帰ってから捨てるよ?」
 そう訊ねたら、顔をくしゃっとさせて忌川は笑った。笑うところじゃない。しかしその笑い顔は彼のその、人ならざる冷血さが消えて可愛らしく映った。
「無慈悲だね。でも頼む、後生だから。捨てられると大変困るんだ。僕を助ける義理は無いだろうけれど、どうか頼む」
 義理……映画の代金を出して貰ったことを、やにわにふわんと思い出した。
 いやいや、それしきのことで。
 心を決め、笑顔を作る。
「今日はどうもありがとう。助けてあげたいのは山々だけど、よく知らないのにこんなものは貰えない。……今日は本当にありがとう、変な映画を一緒に観てくれて」
 彼の目を見ながら、なるべく優しくそう告げた。
「そうか……」
 忌川は痛ましげに目を眇めた。可哀想とは思わず、そんな表情がまた美しいなと思ってつい見とれてしまった。私はいい顔の男に弱い、正直に言って。また会えるんなら指輪を預かるくらいいいかななんて思えるくらいにいい顔だった。
「期限付きだったらいいけど」
 だからそう、つい。
 忌川はその酷薄そうな双眸をぱっと輝かせた。今日一番活き活きとさせて。

 一週間だけと約束をして、指輪を持ち帰った。もし来週の約束がキャンセルになったら無情に捨てると決めて。それから紹介した友人にクレームは入れよう、今夜中に……そう思いながら、電車に揺られ帰路に着いた。
 家に着いて服を着替え顔を洗い、さて…とテレビを付けようとしたその時に携帯がブンと振動した。画面を見ると件の友人からメッセージだった。

『碧と今日会ったんだってね。すごく楽しかったみたいだよ、お礼を言われた、珍しく笑』

 気軽にとんでもない男を紹介するんじゃねえと返信を打っているそばからまたメッセージが来た。

『しっかしよく得体のしれない指輪を受け取るよな〜笑 知らんぞ笑 相当顔よかったでしょ碧君。雪紹介して正解だったわ』

 速攻で、通話ボタンをタップした。

                               続


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