見出し画像

自分軸の作り方#30〜【不登校】校長室で受け取った、卒業証書〜

長男が登校できなくなったのは、小6の2月のことだった。

小5の冬にも長男は一度、登校できなくなったことがあったけれど、
その時は担任と相談して、いつも一緒に遊んでいた子に迎えに来てもらう作戦を立てた。

 友達に迎えに来てもらうと、長男は人一倍気を遣うタイプなので、狙い通り登校するようになった。でも小6のこの時は、友達作戦を実行できなかった。小5の冬に迎えに来てくれた友達のママから、小6の初めに「長男くんが最近、機嫌が悪くて、うちの子が話しかけても無視される、って言ってたけど、大丈夫?」と聞かれたのが大きかった。まだ心が疲れていたのに、無理なことをしたんだな、と反省していた。

実は小5の冬、長男はやっぱりかなりつらい体験をしていて、
何度も何度も、その嫌なことを、思い出して苦しんでいた。

《親の会ブログに書いたことがあるので、参考にご一読いただけたら幸いです)


それを、「反芻(はんすう)思考」と呼ぶと知ったのは、メンタリストdaigoが動画の中でその言葉を使っていたからだ。

 私はその状態を、長男が中1の秋頃、「最高の休息法」というマインドフルネスの本の中に見つけた。「モンキーマインド」と呼ばれているものだった。何度も頭の中に巡ってくる、サルがキャッキャと騒がしい思考の電車を、見送ることができず、自らサルの電車に乗ってしまい、その騒がしさに呑み込まれる状況を言う。

 長男は小6になってからも、処理しきれない感情を、持て余していたんだろうと思っている。


長男小6の間には、私はまだコンプリメントに出会っていなかったので、何をどうしたら良いのかわからず、頭が混乱していた。

「さすがに卒業式には出席するだろう。」

 そう思っていて、秋に買った長男の卒業式スーツを、本人に当ててサイズを確認したり、少しでも前向きになってもらおうと働きかけていた。

卒業式が近づくと

卒業式の謝恩会への参加をどうしますか?とか

卒業アルバムの振込が○日までだけど、まだ振り込まれてなかったので、お願いします、

学校でのお別れ会はどうされますか?など
卒業祝賀会担当のお母さんから何度か電話が来ていて、そのたびに、申し訳ない思いと、この状況を理解してもらえない苦しさで、体が縮こまりフワフワと不安定に感じ、息苦しくなっていた。逃げ出したいような気持ちも、あった。

 3月になっても、学校に足の向かない長男を見ていて、これは行きそうにないな、と諦めの気持ちが日に日に大きくなっていく。

担任の先生からは、式の数日前に、「卒業証書を校長室で渡したいので、何時にしましょうか」と連絡が来ていて、時間の約束もした。

それでも、卒業式当日まで、もしかしたら行くって言い出すんじゃないか?と ほんの少し期待をしていたように思う。

長男は「いかない」を、選択した。

「わかった。じゃお母さん、卒業証書もらいに行ってくるね。」
「うん」

午後。約束の時間に校長室に向かう。

卒業式用に準備した服に、白いコサージュをつけて。

校長室には、手の空いた先生がたくさん集まり、校長先生が、生徒に読み上げるように証書を読み上げてくれて、私に証書を、手渡してくれた。

 笑顔でいよう。

そう思っていた。
けれど証書を手渡され、墨で書かれた長男の名前を見た瞬間、私の涙腺は全開になり、込み上げる嗚咽を、抑えることはできなかった。

 先生たちが一人一言ずつ、長男の素晴らしいところと、今後も応援しています、というようなことを、言ってくださった。

 かつて長男を怒鳴りつけた先生もそこにいて、その時はやはり、複雑な思いが湧きあがって来た。

 お母さんから一言、どうぞと言われて、私はこんな感じのことを言ったと思う。

「2年前この学校に転校してきて、環境の変化に慣れるため、長男はすごく頑張っていました。
今は、このような辛い状況になっていますが、
数年後に長男はこの時を振り返って、あの時の経験があるから今がある、と言えるようになっていると思います。人生に、無駄なことはないと思っています。

私は何も心配していません。
彼をずっと応援していきたいと思います。

お世話になりました。
ありがとうごさいました。」

 精一杯の強がりの言葉だったと思う。

でも、自分に対する決意表明だった気もする。

大丈夫。
大丈夫。大丈夫。
長男は、大丈夫!

少し曇った空の下、卒業証書の筒を握り、
パンプスの足でコツコツと、地面を踏みしめて自宅に戻った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?