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メトネル「ソナタ・ロマンティカ」― 秋元孝介さんに聞く

昨年の7月1日、ひとつのコンサートがありました。
終演後、大きな感動とともに、とてつもない喪失感が自分の中に沸き起こってきました。
しまった、知らなかった、時間はもう戻ってこない、取り返しのつかないことをしてしまった…

知ってしまった時にはじめて「知らなかった」と気がつき、失った時に初めて「持っていた」ことに気がつく。その時に聴いたメトネルの『忘れられた調べ』という作品は、大きな喪失感を「忘れていた」という言葉に置き換えてくれる優しさにはじまり、「思い出す」ことで得ることの出来るものの大きさについて語り、心の中に言いようのない感情をもたらしたあと、回想の渦の中で鳴りやみました。

コンサートの終演後、その日に配信した音源を聴きながら会場の片づけをするということがカフェ・モンタージュでの習慣になっていますが、このメトネル公演はその「終演後」がこの1年の間、ずっと続いている状態でした。

カフェ・モンタージュの「終演後」に皆様をご招待したい。

10月5日の秋元さんによる次回公演を前に、いまメトネルの話をするのであれば、この画期的な演奏を一人でも多く方に聴いていただきたい。その強い思いを秋元さんにお伝えしたところ、「是非!」とご快諾をいただき、先日のYouTube公開配信となりました。

ピアノの秋元孝介さんの昨年7月の公演から、メトネル「忘れられた調べ op.38」の演奏です。
もし、まだの方がいらっしゃいましたら、YouTubeのカフェ・モンタージュチャンネルにてしばらくの間は無料公開となっていますので、是非お聴きいただけますと大変嬉しいです。


と、ここであらためて秋元さんのお話をお伺いしたいと思い、インタビューをお願い致しました。
配信を終えて、次の公演が待ちきれないこちらの興奮をやんわりと受け止め、伺いたいことを汲み取って常に自然体でお話してくださる秋元さん。翌日に公演を控えたお忙しい中であったにも関わらず、今回も1時間を超えるインタビューとなってしまいました。
皆様、是非お読みください!


・・・・・

高田:よろしくお願い致します。

秋元:よろしくお願い致します。

高田:まず、メトネル音源の公開。すごく好評です!ありがとうございました。

秋元:こちらこそです。

高田:演奏の音源を無料で公開されるということは、あまりなさってない印象なのですが。

秋元:あまりやってない…ですね。今回は珍しいことではありました。

高田:2年以上前だったと思うんですが、葵トリオでブラームスを配信されてましたよね。本当に素晴らしくて、さらにリモート演奏だというのでびっくりしてしまって。

秋元:あー、ありましたね。

高田:やっぱり、公開するにあたっての判断基準が高いというか、あのブラームスを聴いているだけでも、かなりハードルを上げてしまっているのではないかと。

秋元:いやぁ、そんなことはないんですけど。でも、やるんだったら良いものを!…とか言ってるうちに、結局何も録らないでいる感じはありますね。こういう時代ですし、そういうこともしたいなぁ、というのはあるんですけど、なかなか…。たとえば自主公演で珍しい曲があるときとか、出来るといいねって話は葵トリオでもしています。

高田:それは、皆さん待っていると思います!これは自分が曲を好きになるとき大抵そうなんですが、なんでもっと早くこれを聴いていなかったんだろうって。

秋元:ああー。

高田:今回のメトネルも、昨日だったからとか、今日だからというのではなく、いつ聴いても自分は感動しただろうにって。知ることが出来た感動と、知らなかったことへのショックが同時に…

秋元:なるほど。

高田:だから、このメトネルは、いつでも誰でもがアクセスできる状態に出来ればと思ってるんです。いまそうだとは知らなくても、必要としている、一人でも多くの人に聴いてもらうことが出来ればと。
しばらくの間、公開のままにさせていただけませんでしょうか。

秋元:それは…、せっかくなので是非。

高田:やった!ありがとうございます!!広まるように頑張ります!

秋元:いえ、ありがとうございます。

高田:メトネルという作曲家との出会いなど、前回のインタビューでお伺いしていて、さっき改めて読んでみたんですが、あれ、面白いですよね…!

秋元:あのインタビューは良かったですよね。

高田:公演の音源が公開されたので、いま読むと新鮮かもしれないという意味でも、あらためてご紹介出来ればと。

秋元:はい。是非お読みいただければと思います。

高田:そして、いよいよ10月にはメトネル「ソナタ・ロマンティカ」を演奏していただきます。

秋元:はい、メトネルはピアノソナタの数え方が少し難しいんですが、配信してくださった中の1曲目の「回想ソナタ」が第10番(1920年)とされていて、「ロマンティカ」は第12番で作曲時期が10年ほどあとで、メトネルとしてはいわゆる後期に属する作品になってきます。

高田:今回も音源を探して少し聴いてみたのですが、冒頭からさらにダークな雰囲気といいますか、規模もかなり大きいですね。

秋元:形式であったりとか、素材の扱い方のことをいえば、何か特に変わったことをしているわけではなく、やはり4小節のフレーズが基本となっています。ただ、転調なり半音階的な進行であったりが、例えばメトネルの初期の作品と比べてもより顕著といいますか、音楽を聴く側からすればよりカオスに近づいていく部分が多くなっているかな、という感じがしますね。
規模も25分くらいあって、4楽章のフル構成で…でも、全部繋がってはいるんですけれど。

高田:4楽章あるソナタというのは、ほかにもあるのでしょうか。

秋元:最初のソナタ(第1番 1903年)が4楽章形式で、メトネルはもともとこの形式が得意というか、作曲の先生からもメトネルは「ソナタ形式とともに生まれた作曲家である」と評価されていたくらいで、そういった点で時代にはあっていないと思われた部分もあったのではないかなと思います。

高田:20世紀初頭に活躍していた作曲家って、どこか破天荒というか、いわゆる学校教育などからは逸脱して目立っていたような人が多いように見えますが、その点メトネルは音楽院での評価がかなり高かった作曲家という事になるでしょうか。

秋元:はい。理論に則ってというところや、構築性という面でも、とてもしっかりした作品をつくる作曲家であるという事がまず言えると思います。例えば「バラード風ソナタ」というのがあって、それは形式としては2楽章形式なのですが、第2楽章のコーダに第1楽章の主題をもう一度用いたりなど、全体の構築性にこだわりが見られて、メトネルのいわばドイツ的な部分が出ているというか、とても好きで何度も演奏したことがあります。

高田:その「好き」の部分をもっとお伺いしたいと思うのですが、聴いている立場からしますとメトネル作品のサウンドといいますか、聴こえてくる音がとても洗練されていて現代的だと感じて、個人的にはそこにものすごく魅力を感じたんですね。それは、秋元さんの演奏だからという部分も大いにあるかとも思いますが。

秋元:例えば、メトネルの親友だったラフマニノフは、もっと人間の本能というかより直感的な、もともと人に備わっているものが放出されるような感覚があるかなと思っています。対してメトネルはもっと俯瞰した立場で見ているというか…。

高田:いわば都会的な人だった、というようなことでしょうか。

秋元:うーん、どちらかといえばそのような感じがしますね。今回の「ソナタ・ロマンティカ」はメトネルがロシアを出てパリに住んでいた時期に書かれた作品なんですが、当時はまったく評価されず、演奏会もなかなか出来なかった。

高田:同じくロシアを出たラフマニノフとはそこが随分違いますね。

秋元:パリの後でイギリスにいって、ようやく段々に理解されるようになるんですが、それまでは本当に鳴かず飛ばずだったようです。
自分にとってはメトネルはいつも持ち歩いていて、ソロを弾く機会があれば、たとえ5分くらいでも何かしらプログラムに入れて、演奏をして行く上でモチベーションの基本となっている、重要な作曲家です。

高田:ずっと聴かれていなかった作曲家の作品が、ある時期を境に聴かれるようになるという時、そこにはとても大きな力が働いているように思います。でも、そのきっかけとしては、やはり誰かが演奏して、それを誰かが聴いてということしかない。秋元さんも、何か「聴いたこと」がきっかけという経験がないでしょうか。演奏会でも、CDでも何でも。

秋元:そうですね…。県西(兵庫県立西宮高等学校)の先生が貸してくれたCDで、ガヴリーロフが演奏するスクリャービンのプレリュードだったんですが、ピアノの音といってこんなのがあり得るんだなということがありました。僕がそれまで想像していた音色、音質?というのか、それとは全然違っていて、一口に良い音といっても「透き通っている」とか「青白い」とか、そういった感覚をここまで出せる人がいるんだと驚きました。それはまだ高校生だった自分にとって凄くショックで、今でも鮮明に覚えています。
先生(片山優陽氏)はガヴリーロフの助手をされたこともある方で、ガヴリーロフのお母様(アッサネータ・エギセリャン氏)にずっと師事もされていて、僕が高校ではじめてスクリャービンを勉強するというときに「じゃあ、これを聴いて」ということだったと思います。

高田:好きなCDを人に貸しても、何事もなかったように「ありがとう」って返されて落胆するばかりの人生を送っている人がほとんどだと思いますが、そのCDにそんなにショックを受けたというのは、先生は嬉しかったんじゃないでしょうか。

秋元:そうだったんでしょうか…。確かに、僕はそのCDが好きになってしまって、色々なクラスメートにも聴かせたんですけど、評価がいろいろで、あんまり好きじゃないって人が結構いました。当時、マーラーの2番シンフォニーを練習室で一緒に通して聴こうとか言ってみんなを誘ったり、僕はなんとなく周りから浮いていたのかも知れないんですが… ともかく、自分がそれまで考えていた「音とは」とか「音楽とは」という部分で、もう全部ひっくり返されてしまった感じでした。

高田:でも、秋元さんがガヴリーロフというのは、意外な感じですね。

秋元:ああいう演奏スタイルで弾きたいと思っているわけではないのですが、高校時代にそのような驚愕体験に遭遇できたことはとても貴重だったのだと思うんです。思い返せば、高校生の時っていろいろ驚きの連続でしたね。さっきのマーラーも「1曲で90分もあるんだ!」って。

高田:大作志向でした?

秋元:(笑)確かに、そうだったかも知れません。

高田:先生と共通で好きな音楽や演奏があるというだけでも、とても羨ましいような高校時代ですよね。その連鎖の続きに、いまの秋元さんの演奏活動があるのだとすれば、しみじみと良いお話だと思います。

秋元:音楽に対する自分の大きな好奇心というか、そうしたものをはじめに開いた場所というのは、確かにそこだったかなと。いい意味でショックだったと、そういう感じがします。

高田:いま秋元さんはそのショックを与える立場にいるわけで、個人的にもそうですが、メトネルの存在はこれから大きくなりそうです。

秋元:そうなるといいですね。あまり知られていない作曲家って、「誰々っぽい曲だね」った言われたりする事が多いと思うんです。ショパンみたいだねとか、ブラームスっぽいねだったりとか。でも、メトネルはそう感じることが本当になくて、気をてらったことをしている訳でもないのに、これだけのオリジナリティを確立しているというのは、実はかなりすごいことなのではないかと思っています。

高田:確かに、メトネルを聴きたいと思ってしまうと、その気持ちはメトネルの音楽を聴くことでしか解消されないので、また秋元さんに演奏していただかなければ!と願っていたところに、今回の公演を実現していただけることになりました。室内楽だけを見ても、大変なスケジュールの中だとは思うのですが。

秋元:自分と向き合う感覚や時間という意味でも、ピアノと共に生きる上でソロを演奏するということは大切で、その感覚に寄り添ってくれるのが僕の場合はメトネルという作曲家です。彼の作品を携えながら人生を歩んでいく。自分はそうありたいと思っているので、続けていきたいですね。

高田:メトネル弾いてくださいって、誰からでも決まって言われるようになってしまっても、是非お願いします。

秋元:ありがとうございます。まずは今回のメトネルとラフマニノフ、どちらも対照的な作品ですので、お楽しみいただけるように頑張ります。

高田:とても楽しみにしております。今日はお忙しい中を本当にありがとうございました。

秋元:ありがとうございました!

・・・・・


【秋元さんのソロ公演・まもなくです!】


2022年10月5日(水)20:00開演
「メトネル&ラフマニノフ」
秋元孝介 piano

-program-
メトネル:ソナタ・ロマンティカ op.53-1
ラフマニノフ :幻想小品集 op.3

|会場|カフェ・モンタージュ
|自由席|¥3000 |音声配信|¥1000

詳細:ご予約
https://cafe-montage.com/prg/221005.html

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