にぎわっているはずの商店街で
今日から長期休暇。年の瀬になるとユニコーンの「雪が降る町」を聴きたくなる。人混みが苦手な私は、冒頭のこの歌詞に強く共感してしまうからだ。
♫ だからキライだよ。こんな日に出かけるの〜♫
♫ 人がやたら歩いてて、用もないのに〜♫
昼間なのに薄暗い部屋で、ここの歌詞を口ずさむ。
「今年も、人がやたら歩いているのかな?」
ふと、そんな思いが頭をよぎった。
今日は商店街の近くにある本屋に行く予定だ。冷蔵庫には昨日買い込んだ食料が詰まっているから、とりあえず商店街にあるカフェに寄ろうと決めた。
*****
住宅地で育った私にとって、商店街に馴染みが薄い。お祭りやイベントでにぎわう憧れの場所だ。今でもあの通りを歩くだけで、ほんの少し心が躍る。
しかし、今日はどうなのだろう?本日訪れる商店街は県内で最も有名で、活気がある。だからこそ、このご時世で人がいないかもしれない。
そこの路地を曲がれば商店街の入り口だ。
『今年の年越しは大荒れです』
アナウンサーの言葉通り傘に雪が積もっている。
「3つで1000円引きだよ〜!」
「安くしとくよ〜!」
「今日入荷した新鮮なマグロだよ!」
商店街へ足を踏み入れると、マスク越しにそんな声を元気に発する姿が見えた。すれ違う人に注意して、ぶつからないように歩く。少しの安堵感を胸に、セットした髪型が乱れるのを覚悟して人ごみに邪魔な傘を閉じた。
*****
今日訪れるカフェの店主とは顔なじみで同い年だ。商店街で働くおじ様たちの憩いの場所になっている。いつも笑顔で迎えてくれるから有難い。珈琲を注文して、他愛のない会話を続けた。
「今日の人出は、例年に比べてどうなんですか?」
珈琲を半分くらい飲み終えた時に、そう問いかけた。店主は突如顔をしかめて首を大きく横に振る。
「いづもは、人とぶつかりながらじゃねぇと歩けねぇもん。
もぉう、ぜぇんぜん。少ねぇべっちゃねぇ」
カウンターの右隣に座る、この町の重鎮のような人が教えてくれた。
*****
カフェを出ると、先ほどと変わらずに店員さん達が声をかけ続けていた。マスクを付けている分、いつもより声を出しているのかも知れない。お客さんが居ようがいまいが、関係ない。生きる為には、それしかない。
「3つで1000円引きだよ〜!」
「安くしとくよ〜!」
「今日入荷した新鮮なマグロだよ!」
その言葉を背に、大通りに出ると
「コロナに負けるな!」
ガッツポーズした有名人が次々と巨大モニター越しに語りかける。
「じゃあ、どうすれば勝てるんだよ」
言葉が、こぼれ落ちた。毎日うがい手洗いをして、今もマスクをつけている。スマホを取り出して「コロナ」「勝ち方」で検索しても、答えは出ない。そもそも、僕らは負けているのだろうか?
ウイルスにそんな事は関係ないのだろうけど、もう間も無く新しい年がやってくる。多くの人でにぎわう商店街の姿は、いつ見られるのだろうか。
******
以前、田舎に住む母がこう言っていた。
「たまに東京に行くと、元気をもらえる気がするのよねぇ」
活気のある場所は、人に生きる力を与えてくれるらしい。もしかすると、人は人が集まる場所に行ってみたい、という本能が備わっているのだろう。
だからこそ、用がなくても人は出歩き、人は集まる。
それはとても幸せな事なのだと、今頃になって気づいた。
*****
今年はユニコーンの最後の歌詞と、声を出し続ける店員さんの表情が頭から離れない。
♫ 世の中は色々あるから、どうか元気でお気をつけて ♫
私は口を押さえながら、
「そのマグロをください」
と伝える為、先ほどの商店街へとまた戻った。
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