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タイニーバード


それは静かな朝だった

空も地面もしんとして
生きたもののざわめきもなく

景色は写真のように色褪せて


ふと立ち止まって
耳を澄まさずにはいられない

頬にあたる風に目を開けながらつぶやいた

今日のことを
ずっと前から知っていた気がする

くりかえし時間をめぐり
いつもこの日からはじめたこと

覚えているけどわからない

わからないことばかりなのに
悲しいくらいわかる

大事な何かを忘れていると

長い夢をみた朝は
いつもそんな思いがする

記憶をかすめるヒントと
眩暈のようなかすかな頭痛


ふり払わなくては
ふり払わなくては

日々は列車に乗って
淡々と運ばれてくるものだから

だからなるべくまともでいなくちゃ

心にもない決意をもって
朝の水に手を浸したとき


静けさが突然音楽に変わった


タイニーバード


ためらう間もない激しい衝動


わたしは力いっぱい扉を開けて
持ち物をなにもかも投げ捨てて
鎧もすべて脱ぎ散らかして

外へ飛びだすなり
全身で走りだしていった

色を取り戻していくふたつの目が
透明な青色をいくつも重ね
高く風を呼ぶ空をみる

乾いた冷たい空気は
土と葉と風のにおい

身体がかるい

走らないでいることのほうが苦しいほど

かすみがかった夢のなかを
ずっとあてもなくさまよって
いつか絶望する日を想像して絶望していた

生きようと思った日には
死ぬしかなくなっているんじゃないかと
幸福から逃げまわっていた




だけどなにも隠さなくていい

もう言葉では考えない


青い空へむかってわたしはその日
眺望の丘から飛び降りた

永遠に生きるぞという強い気持ちと
今ここで死んでもいいほどの明晰さ



抱きとめられると信じても
なんにもこわいことはない

わたしを信じる青空が
両手を広げて微笑んでいる

そしてこのまま幸せでいたい


このまま


このままずっと



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