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前世の骨



この世界のどこかに眠る
私の前世の骨

湿った冷たい土をかきわけて
古びた骨と遠い記憶を掘り起こしたら

あなたを赦すと伝えよう

あなたはわたし

わたしはあなたを赦します


ねえ

あなたが探していたものは
どこにもなかったよ

私も探したからわかる
求めているものはどこにもないと

だけどなにひとつ後悔できない

それは今が幸せだから

だから旅に出ようよ

あなたの破片を集めて背負うから
ふたりで旅に出ようよ

積もる話が山ほどあるよね
私があなたを背負って歩くから
長い旅路のあいだに話そうよ


旅のはじまり
私は道を歩きながら骨にたずねた

「誰かを愛していた?」

骨は悲しげにこう答えた

「思い出したくない」


骨があんまり悲しそうだったから
それから私たちは
しばらく何も話さなかったけど

世界一周の真ん中あたり
ふいに背中から声がした

「あのね、こんなことは言いたくないんだけど、ぼくは知っているんだ。きみがいつも眠る前に、明日の朝に目が覚めたとき、心が耐え切れますようにと祈っていること。離れていてもきみの気持ちは伝わってくる。よくそれで生きていられるなと、いつも思っていたんだよ」

骨は私の歩みに合わせて
背中でかくかくと揺れながらそう言った

私はきっかり十秒考えて
いくつかの言葉を飲み込み
空を見上げて笑顔で答えた

「うん。でも、慣れていくさ。どんな暮らしにも」

私の返事が不満だったのか
それから骨は
死んだようにしゃべらなくなった

それでも旅の終わりごろ
骨は思い出したようにつぶやいた

「でもそんな人生って不自然じゃないかな。悲しくないのかな」

「悲しいよ」

「でもまだ生きるんだね?」

「そうだよ。なにもかもが心の底から悲しいけれどね、でも、すごくいい気分なんだ。今は傷つくことさえ幸せなんだ。だからもう少し生きるよ」

「同じ魂だなんて、とても思えないね。ぼくは悲しいことからはみんな逃げてきたのに。ぼくは、変わったんだね」

「まあ、そうかもしれないね。少しは」

「ハハ」

「今、笑ったの?」

「まさか。笑えないよ。もう骨だもの」

「じゃあ私は今のうちに笑っておくよ」

「それがいい」




そして旅が終わり
私はもとあった場所に骨を並べた

冷たい土の上に横たわった骨は
私が並べた体勢から動けないまま
じっと空洞の瞳で私を見つめた


「ぼくを赦すと言ったね」

「言った」

「じゃあお礼にひとつ伝えておくよ」

「なにを?」

「ぼくの人生は悲惨だった。だからなにもかも投げ出してしまったんだ。それは知っていると思う」

「うん」

「でも、きみと一緒に旅をしてわかったよ。悲惨な人生でもぼくには生きる必要があったんだって。きみが受け継ぐためにぼくの人生があったなら、意味はちゃんとあったんだ。だから最後にきみに言い残しておく。ぼくは生きているのが本当につらかったけど、それでもぼくは大丈夫だったと」


私は強い気持ちでうなずいた

ありがとう、と私が言うと
骨は満足気に長く深い息を吐き
安らかな眠りについた

そんな気がした

そして風と共に
そこから何かが立ち去り
骨はただの骨になった

私は上から優しく土をかぶせ
一時間そこで泣いたあと
いつもの日常にもどっていった


ひとつの旅が終わり
明日から新しい旅がはじまる

幸せな人生にしようとはもう思わない

いい人生にしようと今、誓います

私だけの生き方がある

それは誰かと競う必要もなく

ただ今日を生き抜く
それだけで胸を張っていられる
そんな生き方

私の骨もいつの日か
本当に眠るときがくるだろう

いつか生まれるかもしれない
つぎの私のために
私も言い残しておきたい


ここまで生きるのは本当につらかったけど

それでも私は大丈夫だったと





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