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上連雀のコインランドリー

今日も朝から気温は上がり春の陽気に包まれていた。

春はいい。暑がりで汗っかきの僕にとって一年で一番過ごしやすい季節だ。

「ラーメンを食べても汗が出ない」これが汗っかきにとってベストな気候である。

なんせ汗をダラダラとかきかながらではラーメンに集中できない。それくらいラーメンは一心不乱に食べたいものなのだ。

休みの日の今日、11時の開店と同時にラーメン屋に入り、大盛りがサービスにも関わらずわざわざ追加料金を払って特盛を頼む。

わずかな麺の差で料金は100円も変わってしまう。なぜそのわずかな麺を我慢できないものかと自分でも思うのだが、このわずか差で幸福感が変わってくるのだからむしろ100円で幸せが手に入るなら安いとすら感じる。

ラーメン屋さんの企業努力と思いやりには心底感謝する。

春の陽気にほだされたのか調子に乗ってネギのトッピングまで追加した僕の幸せはわずか10分足らずで終わりを告げる。ごちそうさま。


その後コンビニで新商品のガーリックおにぎりとサンドイッチ、アイスを食らい家路に。おのれの満腹中枢の鈍さにはほとほと嫌気がさすがこればっかりは自分自身に責任の所在があるため責めようがない。


さて、今日は天気もいいし布団でも干すか。と言いたいところだが我が町では空一面に花粉と黄砂が飛び交っており、この状況で布団を干すことは死を意味する。

かといって根っからの無精者である僕の布団はなかなかいい感じに熟成しており、ずいぶん前から芳しい薫香を放っていた。

ここまで仕上がった布団をキレイさっぱりとリセットすることにはいささかの勿体なさも感じるが、万が一美女と一夜を共にするチャンスがあった場合、この布団ではどんな情愛に満ちた口説き文句を並べたところで響かないであろう。

もう一人の人格と会議をした結果、ここはひと思いにコインランドリーへ行こうということになり、いつぶりかの洗濯のため渋々と重い腰を上げることとなった。

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平日の昼間のコインランドリーは閑散としていた。

妄想では自分と同じような考えの美魔女風奥様が洗濯に来ていて、「今日は黄砂がすごいですもんね。」なんて他愛もない話からしばしの間会話が弾む予定だったが、窓から見える稼働率の低さからその可能性がゼロであることを入り口の段階で察する。


ふと昔を思い出した。

今から19年ほど前、専門学校へ通うために東京の三鷹市上連雀という街に上京した。

当時のアパートには洗濯機がなく、週末になると目と鼻の先にあるコインランドリーに洗濯に行っていた。

銭湯と併設されていて、洗濯を回している間にひとっ風呂浴びるのが休日の楽しみだった。

田舎に暮らしていたが銭湯に通うという習慣がなかったので、銭湯の広い風呂はとても気持ちよく、都会の喧騒に疲れた僕の癒しとなった。

湯に浸かり頭にタオルを乗せているとなんだか南こうせつの神田川の舞台にいるようで悦に浸っていたものだ。

あとでGoogleのストリートビューで見てみたところ、当時住んでいたアパートも銭湯もコインランドリーもみんな残っていてちょっと嬉しかった。

自分の東京生活のスタートの地が今も変わらずにそこに在り続けている。ブラタモリ的な感動だ。


上京したての頃、僕は3つ歳上の彼女と付き合っていた。

と言っても僕は本彼ではなく二番手の方だったのだけれど…

彼女には女のイロハを教えてもらった。男女の交わりとかじゃなく女心について。

女は男が思っている以上に頭が良い。おそらく100倍は。だからハナから騙せる相手ではないのだ。とかね。

かと言って男が思ってるような打算的な生き物でもない。下手に小細工するくらいなら不器用でもまっすぐ想いを伝えた方が女性は喜んでくれる。

そんなことを彼女から学んだのだった。

たとえば男はやたらとプレゼントやサプライズをしたがるが、女をポイントカードか何かだと思っているのだろうか。

プレゼントの数が増えれば女を落とせると思っている。

自分の想いだけを熱く語り、挙句「これだけやってあげたんだから」と見返りを求める始末。

男の恋愛は常に場当たり的で一方通行だ。

でもそうじゃない。プレゼントやサプライズをする以前にそんなものがなくたって彼女を振り向かせるくらいの努力をしてみせることが何より大事なのだ。

プレゼントやサプライズの感動は一時的なものでしかなく長続きはしない。また、持続させようと思えば「もっともっと」がつきまとう。それではいずれ疲れ果てて終わりが来るのは容易に想像できる。

大切なのは彼女を振り向かせてから「自分はあなたに何ができるか」なのだ。

その想いが伝わった時、女性は心を動かされる。


だが19の僕にはまだその意味の半分もわかっていなかった。

ただがむしゃらに突っ走ることしかすべを知らなかった。

負けないように、負けないようにと。

それじゃアイツに勝てないとも知らないまま。


彼女は風のようにいつも気まぐれで、僕のところへ来たかと思えばすぐにどこかへ行ってしまった。

もう戻ってこないのかとあきらめかけた頃にふと現れてはまた消えていく。

でも冷たい人だと思ったこと一度もなかった。

それは彼女が見せる笑顔にはいつも温もりが溢れていたから。

後悔してるかと言えばそんなことはない。誰にでもひとつやふたつあるような若い頃の気恥ずかしくほろ苦い思い出だ。

気づけば洗濯はとっくに終わっていたが、僕はしばらくそのままぼーっとあの日のことを思い出していた。


何回洗っても色褪せないあの時の思い出を。



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