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石すら動かせないヤツに人は動かせない

今日は新潟もよく晴れた。もうふきのとうもチラホラと顔を出し始め、いよいよ遅れてきた春がやってきた。

そんな春の折、今日は実家の雪囲いを外してきた。

雪囲いとは冬支度の際に窓に張り巡らされる木の板のことだ。我が町では二階まで雪が積もるため、一階の窓が雪の圧で割れないように冬の間は板で窓を塞ぐのである。

僕の小さい頃は家の前の道路がまだ整備されていなかった。

そのため雪が多い年は玄関が雪に埋まり、二階から出たこともあった。

今では消雪パイプというものが整備され、地下から汲み上げられた水が道路の中央から流れ出す。

地下の水は通年ほぼ一定なので、夏は涼をとるために、また冬は雪を溶かすために役割を果たす。

自然の力というのは本当に偉大だ。チョロチョロと年寄りのしょんべんのような勢いの水が冬の間は我々の生命線となるのだから。


その雪囲いを今日親父と二人がかりで撤去してきたのだ。

実家には現在祖母と叔母、そして数えきれない数の保護ネコたちが住んでいる…(おそらく5〜6匹かそれ以上)

叔母がネコの保護活動に力を入れているらしく、どこからか野良ネコを捕まえてきては去勢させたり治療させたりしている。

その後野良ネコたちは気まぐれに我が家にやってきてはエサをもらうだけもらってまたどこかの寝ぐらに帰ってゆく。

まったくネコというのはどこまで恩知らずで薄情なヤツらなのだろうか。


半ばネコたちに占拠された我が家の春支度を終え一服していた時、畑の前に巨大な二つの石を見つける。

そういえば今年の冬に近所の人に除雪車で雪掘りをお願いした際、手前にある石にバケット(雪や土をすくう先端のやつ)がぶつかってこれ以上掘れないと言われていた。

そのため、僕と母とで手掘りで掘り進めるしかなく、この冬はひどく苦戦したのだった。

はて、その忌々しい記憶の象徴であるこの石をどうしてやろうかと父と話し合った結果、手前の空きスペースまで石を運ぼうということに決まった。

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移動先は僕ら三妹弟が子供の頃自転車を置いていた場所である。(ここは車道からちょうど目につくところで、昔から選挙やらキリスト教やら保育園のバザー、小学校の運動会のポスターといったものを貼りに来る場所。)


突然だがここでクエスチョン。

このひとつ50kg以上はあろうかという石を一体どうやって動かしたかお分かりだろうか?ちなみに道具は一切使っていない。



答えは実にカンタンで、クルクルと回転させながら石を移動させたのだ。

最初はうちの親父がやったのだが、元々超が付くほどのド短気人間。どこからか巨大なバールのようなものを借りてきて力任せに動かそうとする。

おそらくNHKかなにかの番組で古代エジプトのピラミッド建設の様子でも見たのだろう。

一応はテコの原理を使っているようだ。

しかしバールはツルツルと滑り思うようには動かない。

あげくイライラが募りなおさらバールは滑る始末。

僕は「下がれ」と北斗の拳のケンシロウ口調で親父に促す。

「父よ、お前も歳を取ったな…」そしてケンシロウこと僕は石にゆっくりと手をかける。

「よっ、よっ、よっ!」と、石を巧みに回転させながら少しずつ目的地まで移動させる。

右まわりの時もあれば左まわりの時もあるが、石には支点となって気持ちよく回転するポイントがある。それを利用して移動させれば良いだけのこと。

「いいか、よく聞け。石を動かそうと思うから動かぬのだ。石にも心がある。こちらが石に寄り添い、動かすのではなく動いてもらうように仕向けるのだ。それがわかれば至極容易いことだ。」と、相変わらずケンシロウ口調で親父に語りかける。

その後目的地まで移動すると、僕はそのままテコの原理で石を積み重ねた。

石を持ち上げることは大変難しいが、起こすことは割と容易にできる。

昔教習所で一番最初に習ったバイクを起こす練習がここに来て活きた。

親父はまるでイリュージョンでも見ているかのように目をまんまるにしていたのが実に愉快だった。

僕はトドメを刺すように「いいか、こんな文句も言わずじっとしてるだけの石すら動かせないヤツに人を動かすことなんて一生できないぞ。」と言い放ってやった。

我ながら今日も名言が飛び出したと思ったが、振り返ると肝心の親父の姿ははもうそこにはなかった。

そこにあるのは自分が運んできた石たちだ。

「石を動かしたくらいでマウントを取ろうとするようではまだまだお前も甘い。」

積み重なった石が僕の方を見ながらそう言っているような気がした。

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