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真野さんと吉田くん10話 〜バレンタインの2人〜

「あの…さ、吉田…さぁ」
「なんですか、あ…あり…ささん」
「お前ぎこちなさ過ぎだろー」
「自分なんて相変わらず吉田じゃないですか」

晴れて恋愛関係になった僕らだが、ぎこちなさは相変わらずだ。

「僕の方がまだ頑張ってますよ」
「頑張ってますって敬語じゃんか」
「真野さんなんて、『名前で呼ぶのハードル高いから、とりあえずヨッちゃんで良い?』って言ったくせに、相変わらず吉田のままでしょう」
「仕方ないだろー、職場でヨッちゃんって言いそうになって、途中で止めようとしたら舌噛んで死にそうになったんだから」
「それぐらい切り替えて下さいよ」
「そんなに上手く切り替えらんねーのっ」

僕らはこのやり取りを、週一ぐらいで繰り返している。お互いになかなか進歩しないが、言い合うだけで喧嘩にまでは発展しない。結局のところどっちもどっちということで、一連の流れが終わる。だからこそ進歩しないのも、お互いわかってはいるのだけど。

真野さんの体調も順調に回復し、仕事にも復帰した。「黒髪似合うね」と褒められるのが恥ずかしいという理由で、髪は元の茶髪に戻ってしまった。僕にとってはどっちも真野さんだし、こっちの方が慣れているから、なんだか落ち着く。

「で、あ…あり…ささん、何か言いかけませんでした?」
「ん、あぁ…いや、なんでもない」

なんでもないはずは無いけれど、言いづらそうにしているから気にしないことにした。そもそも今日は2月14日、何で言いづらそうにしているかは考えるまでも無く、逆に言うと、そういう日なのだから言いづらそうにする必要も無さそうなものだけど。

僕らはあの日と同じ公園に来ていた。1月末までの予定だったイルミネーションは、少し模様替えをして、今年から3月14日まで点灯することになった。

公園に来てからかれこれ1時間以上ぶらぶらと歩き回っている。真野さんの、チョコレート渡す決心待ち。何度か言いかけては言い出せず、の繰り返しだ。かく言う僕も、名前もまともに呼べず、どうしてあげるたら良いのかわからないのだけど。

「あ…あり…ささん、そろそろご飯食べに行きましょうか」
均衡を破る為に、移動を提案した。
「えっ、あ、よし、あっ、ヨッちゃん、ちょっと待って、これ」
意を決してCOACHのバッグから取り出したのは、赤字に白い猫が描かれた包み紙の小さな箱。
「これさ、頑張って手作りしたんだぜ。下手クソだけど…、もらってくれよ」
相変わらずぶっきらぼうだけど、照れくさそうな顔と、何より手作りしてくれた、その気持ちだけで十分嬉しい。
「ありがとうございます」
「ございますじゃねーって」
「あっ、ありがとう、愛里紗」
「うん」

その後も少しイルミネーションを楽しんで、和民で食事をし(真野さんはベロンベロンになるまで呑んだのでタクシーで家まで送りました)、帰宅した。

「恥ずかしいから帰ってから開けろ」と釘を刺されていたので、帰宅してすぐに開封した。包み紙が破れないように丁寧にテープを剥がすと、中から小ぶりな紙の箱と、手紙が出てきた。

「いつもありがとな。口に出すのは苦手だけど、けっこー好きだぜ」

普通の人が読んだら「なんだこれ?」となりそうだけど、真野さんらしい、精一杯の想いのこもった言葉。ペン習字の成果で字も上手くなっていた。女の子らしさはほとんど感じられないけれど、頑張って字を練習してる姿を想像すると、とても愛らしく思える。

肝心のチョコレートはハート型で、チョコペンで書かれた文字は潰れて読めなかった。でも、味は驚くほど美味しくて、こんな才能があるのだなと感心するほどだった。

なんて書いたのか、明日聞いてみよう。きっと教えてくれないんだろうなぁ。

初めて真野さんと過ごすバレンタインデーは、甘くて、幸せで、特別な一日だった。


つづくのかしら

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