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マリリンと僕8 ~Merry? Xmas~

12月24日、クリスマスイブ。

繁華街にはカップルが溢れ、至る所に装飾された、イルミネーションの輝きに魅せられている。ファミリーは特製のケーキやチキンを囲んでホームパーティを楽しみ、子どもたちは明日に控えたサンタクロースの訪れを待ち望んでいた。

そして僕は今、東京は品川にそびえ立つ『城山グランドホテル』のメインタワーにある大宴会場にいた。一張羅の黒のスーツとこの日の為に新調したシルバーのネクタイを締め、迷い込んだ野良犬のようにプルプルと震えながら、案内された席に座っている。

「おい、こんなの聞いてねぇぞ」
そう言ったのは、隣に座っている劇団の仲間であり、親友の桜井だ。

マリリンのお父さんから誘われたクリスマスパーティ。ある程度の規模は想像していたが、自宅に届いた案内状を見て驚愕した。最大300名程度収容可能なホテルの宴会場を貸し切りだと。今さら断ることなど出来ない、のっぴきならない状況を理解した僕は、せめてもの救いを求めて、友人を同伴して良いか確認をした。そして了承を得た僕は、藁にもすがる思いで桜井に声を掛けたのだ。

深い説明をすると拒否されると思ったので「なんか友達がコスプレパーティやるらしいから、桜井も行かない」と言っておいた。女の子もたくさん来るらしいと言ったら、二つ返事でOKをもらえた。単純な奴だ。「考えるの面倒だから、服は正装コスで良いよ」と言って、スーツで来させた。

「ごめん」
僕は素直に謝った。

会場の広さもさることながら、あっちこっちに見たことのある政治家やスポーツ選手がいて、それ以外の見たことのない参加者達も、きっと各界の名だたる業界人であろうことは想像に難くなかった。 

マリリンのお父さんと出会ったあの日、スマホの液晶に映し出された、『城山グループ 代表取締役CEO 城山譲司』の検索結果に僕は裸のまま、呆然と立ち尽くした。

国内外に12軒のホテルを経営。しかもそのどれもが国賓やセレブが泊まるような高級ホテルだ。それ以外にもマンションや高級レストランなどを多数経営する国内有数の大企業、それが城山グループなのだ。先代が60歳になった時、「もう俺の時代じゃない」とあっさり会長に退き、長男の譲司に経営の全権を移譲した。就任当初は「早過ぎる」とか「どうせ形だけだろう」などと揶揄されたものだが、そういった野次を力でねじ伏せたのが譲司だった。周囲がまだ懐疑的だった頃からIT化に全力を注ぎ、削減したコストを人材や設備に投資。また若手からの革新的な提案を積極的に採用した。就任から僅か3年で過去最高益を更新し、周囲の雑音を黙らせたのだった。

そしてさらに驚いたのが、城山の妻である真里亜は、高級ファッションブランド『マリア・シラサギ』のデザイナー兼経営者だったのだ。銀座や新宿の他、有名な百貨店には必ず店舗が入っている。海外セレブからも支持され、ハリウッド映画の衣装デザインも手掛けたことがある。別レーベルでは子ども向けのドレス等も販売しており、マリリンの服はその延長で、マリリン専用にデザインしているのだ。働く時間は1日5時間と決めていて、それ以外の時間は主婦業に専念する。その生き方もまた、多くのファンから称賛されていた。 

マリリンの素性を知った瞬間、僕は何も悪いことはしていないのに、何か犯罪に手を染めたかのような、罪悪感、焦燥感に駆られた。感情がぐちゃぐちゃになり、もう裸のまま立ち尽くすことしか出来なかったのだ。


「お前マジふざけんな。場違いにもほどがあるぞ」
僕と違って幅広い趣味を持つ桜井には、参加者の大半がわかるようで、僕以上に恐れ慄き、ほとんど小動物のようにちぢこまっている。

「兄ちゃーん」

遠くから聞こえる耳馴染みのある声。聞こえた瞬間に僕は不思議と安心感を覚えた。やはりマリリンだ。

駆け寄って来たマリリンの顔は、満面の笑みで、顔中白やら赤やら茶色やらのクリームで汚れている。

「顔、すごいよ」
僕は率直に言った。
「なんでやねん!久々に会って一言めがそれなん?失礼やわぁ」
「いや、だって」と言いながら、スマホをミラー代わりにして、顔を見せた。
「うそぉん!ウチこんな顔で歩き回ってたん?めっちゃ恥ずいやん。恥じ死ぬで」
「でしょ?」
恥じ死ぬって何?
「うん。だってな、普段食べられへんような綺麗で甘いもんがようさん並んでて、絶対全種類食うてやるって、本当に全部食べてん。その結果や、これ」
主催者の娘とは思えない貧しい家の子どもの発言のようだが、実際食べさせてもらってないのだろうことは、なんとなくわかる。

「で、あんた誰?」
視線の先には桜井がいる。
「こ、こここんにちは。さっ、桜井です」
何度かマリリンのことは話していたが、ただでさえ小動物化しているところに、全く似合わないロリータ系の白いフリフリのドレスを着た、日本人形のような顔のぽっちゃり少女が顔面をクリームだらけにして走って来たものだから、半ばパニックになっているようだった。
「ほら、前に話した演劇の脚本を書いてる…」
「あぁ、サクやん!知ってんで!兄ちゃんがめっちゃ褒めててんな」
桜井は何も言わずにニワトリのようにコクコク頷いている。顔は引きつったままだ。
「そんな顔して見んといてぇな。いっつもこんな顔してるわけやあれへんねんから」
そうじゃなくてもインパクトは十分だが。
「とりあえず顔拭きなよ」
手渡ししたハンカチは、瞬く間にクリームまみれになって、返却された。

「そや、せっかくやし、ちょっと一緒に来いや」
 
有無を言わせず手を引かれ、僕らは会場を引きずり回された。

「しゃちょー、この兄ちゃん俳優さんやから、スポンサーになってやってくれへん?」
「おっちゃん権力者やろ?兄ちゃんの劇団贔屓にしてあげてほしいねん」
「かんとくー、この兄ちゃん金持ってへんから、関係者席の年間パスただであげてぇや」

次から次に紹介されたが、僕は相手が誰だかもわからずペコペコする他無かった。桜井が時間と共にどんどん憔悴して行く姿を見ると、恐ろしい状況に巻き込まれていることだけは理解出来た。

「お、ケンちゃんやん!この兄ちゃん同業者やねん。面倒みたってな」
「同業?」
よくよく顔を見ると、そこには時代劇で活躍し、そのままの格好でサンバを踊るバイタリティ溢れる大御所がいた。
「僕は君を知っているよ」
優しく、深みのある低音の声だ。
「え?僕のことをですか」
驚くしかない。
「僕はわりとテレビを観る方でね、君の出ているドラマを先日観させてもらったばかりなんだ。若いのに雰囲気のある演技をするなぁって、一緒に観ていた妻と話していたんだよ」
大御所は穏やかな笑顔でそう言った。
「ありがとうございます!」
嬉しくて仕方がなかった。ずっとテレビで観ていたあの方からの、最高の褒め言葉だ。

しかし、そんな余韻を感じさせてもらうことは出来なかった。

「兄ちゃん、次行くで!」
「ちょっ、待って…」

願いも虚しく、その後もしばらく引きずり回され続けたのだった。

「ウチ飽きたからもう戻るわぁ」

散々僕らを翻弄したマリリンは、ずいぶんと雑な一言を残して、ドタドタと帰って行った。その間の周りの参加者の反応を見る限り、ほとんどマリリンの存在に慣れているようだった(一部に僕らと同じような反応をしている人もいたが)。

見たことのない豪華な料理を味わう余裕もなく食べ、生きた心地のしない時間を過ごし、コースターを使ったくじ引き大会(マリリン曰く、予め調査してプレゼントを選んであるのだそうだ)で、僕は最新式のPC(勿論僕はPCなんて持ってない)、桜井は撮影用のカメラや周辺機器一式をもらった。おそらく劇団へのプレゼントということなのだろう。

そして、マリリンの祖父である会長の挨拶でパーティは終了し、僕らは逃げるようにホテルを飛び出したのだった。


気がつくと、僕は自宅のベッドにいた。ずいぶんと寝てしまったようで、外には既に陽が登っていた。体を起こすことは出来たが、頭痛と若干の気持ち悪さを感じる。

なんだったんだろう。

司会は朝の帯番組を担当している人気のフリーアナウンサーだったし、ブレイク中の若手芸人やベテラン芸人の漫才、ミリオン歌手のミニライブもあった。夢のような時間だったはずだが、本当に夢だったんじゃないかと思うくらい、実感としての記憶がない。気分をごまかす為に、結構な量のワインを飲んだからかも知れない。

そう言えば帰りがけ、桜井が「ありがとう」と言っていた気がする。でも、それが何に対する「ありがとう」なのかも思い出せない。

わかったことは、マリリンがとんでもないセレブな家の娘だということだ。

今まで通りの関係で良いのだろうか...。

そんなことを考えようとするが、少し思考を巡らすと頭痛に襲われる。

とりあえず、目が覚めたら桜井に電話をしよう。

それだけを決めて、僕はまた、眠りに落ちた。

つづく

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