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真野さんと吉田くん 3話 花火大会の話。【ショートショート】


ひゅ〜〜っ ドンッ! ぱらぱらぱらぱら…

天高く昇った火の玉が弾け、夜空に大輪の花を咲かせて散っていく。

僕の住む街では、毎年7月の最後の週末に、花火大会が催される。子どもの頃からの恒例行事で、出店もたくさんあって、昔は両親に連れられて来るのが楽しみだった。

「歩きづれぇなー、これ」
僕の横を歩いているのは、職場の先輩の真野さん。着慣れない浴衣と下駄に、かなり苦戦しているようだ。

数日前、いつもの喫茶店でのこと。
「もうすぐ花火大会ですね」
道端の告知板に、ポスターが貼ってあった。
「あぁ、アタシ行ったこと無いんだ」
真野さんが言った。
「綺麗ですよ。出店も結構出るし、河川敷からだと、よく見えるんです」
「ふぅん。吉田…さぁ、その日、暇?」
真野さんはいかにも言いにくそうに、もごもごと言った。
「えっ?」
「だからさ、花火大会の日、暇かって聞いてんの」
実はちゃんと聞こえていたけど、僕は真野さんの、言いにくいことを、そのまま言いにくそうに言うところが、とても可愛いと思う。
「はい、暇です」
僕はいつも暇だし、真野さんの誘いなら、予定があったとしても空ける。
「あのな…、前に働いてた店でな、浴衣もらったんだ、お客さんに。結局一回も着て無くてさ」
たぶん夜のお店で働いていた時にもらったんだろう。今の仕事の前は、スナックのホステスだったはず。
「着て来てほしいです」
僕は率直に言った。
「んー、仕方ねぇなー。吉田が言うなら」

そして今、白地に淡い紫とピンクの朝顔があしらわれた浴衣を着た真野さんが、僕の横にいる。いつもは下ろしているワンレングスのロングヘアも、今日は後ろでまとめていて、雰囲気が全く違う。

「たまには良いな、こういうのも」
そう言った真野さんの手元には、透明なプラスチックカップのビールと焼鳥。
「次はイカ焼きだな」
どうやら出店選びの基準は、ビールに合うことのようだ。
「タバコ…吸っても良いか?」
ずっと我慢してくれていたようだ。
「あっちに喫煙スペースありましたよ」
遠慮しないで良いのにな。

さすがに人出も多いけど、河川敷は広々としていて、ゆったりと花火が楽しめる。

「初めてだよ、こんなに近くで花火見たの。迫力すっげぇな。チョー綺麗じゃん」
ぶっきらぼうに言いながら、色とりどりの花火の光に、真野さんの顔が照らされていた。
「はい、綺麗です」
真野さんも。
「吉田、今日は…付き合ってくれて、あ…ありがとな」
「いえ、こちらこそありがとうございます」

「それにしても、花火、本当に綺麗だな」
初めての花火に心から感動しているようだった。

花火を見上げる真野さんの横顔が、僕の今年一番の、夏の思い出かも知れない。

おしまい

真野さんと吉田くんシリーズ①

真野さんと吉田くんシリーズ②


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