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マリリンと僕4 ~マリリンに逢いたくて~

7月も終わりが近づき、いよいよ長梅雨が明けると、雲一つない晴天からは、悪意すら感じられるような、強烈な陽射しが大地を照り付ける。
初夏の趣きを感じる間もなく気温は35℃を超え、テレビでは気象予報士が「各地で猛暑日になります。日中の外出は控えて下さい」と伝えている。

近所の公園に行くと、気象予報士の言葉も虚しく、たくさんの子ども達が、きゃーきゃーとつんざくような奇声を発しながら、水風船や水鉄砲を手に駆けずり回っていた。子どもたちの子どもらしい姿に安心すると同時に、炎天下の中で帽子もかぶらずにいるから、少し心配にもなった。


僕がこの公園に来るのはいつも何かに悩んでいる時で、ベンチかブランコに腰掛けて缶コーヒーを飲みながら、一人思案にふけるのがお決まりだった。考えても何か行動を起こすわけでも無く、目の前の現実から逃げるばかり。その繰り返しで多くの不毛な時間を過ごし、結局何も行動を起こさないまま夢を諦めようとしていた。

でも今は、その時とは全く違う。

昨年の年末にマリリンと出会ったことをきっかけに、夢に向かって歩みを進めている。

ぽっちゃりした体型に、日本人形のような純和風顔。なのに服装はフリフリのロリータ系、漆黒のゴスロリ系、そしてメイド服…。あげく名前は真里凛だし、コテコテの関西弁だし、何から何まで違和感しかない少女。だけど、彼女の言葉はいつも僕の心の柔らかい場所を突き刺して、痛みと共に、前へ歩み出すように導いてくれる。本人がそんなことを考えているかどうかは定かじゃないが、今の僕があるのは間違い無くマリリンのおかげだ。

少し前に会った時、焦って大きな結果を求めずに、コツコツと努力を重ねて、少しずつ前に進むべきだと気づかせてくれた。そして、想いを新たにしてすぐに受けたオーディションで、脇役ながら地上波のテレビドラマへの出演が決まった。

会う度に僕をステップアップさせてくれる少女。たったの数ヶ月で、うだつの上がらない僕を大きく成長させてくれた少女。今日はそのマリリンにちゃんとお礼が言いたくて、公園に足を運んだのだ。なけなしのお金を叩いて買った、文明堂のカステラをお土産に。

とは言え、いつもたまたま遭遇するだけで、何処に住んでいるのか、普段からこの公園に来ているのか、何もわからない。だから、比較的子どもがいる時間に訪れたのだ。しかし、当てずっぽうは外れてマリリンは現れず、夕方のチャイムをきっかけに段々と子どもの数は減って行った。6時にはさっきまでの喧騒が嘘のように、公園はすっかり静寂に包まれていた。陽がまだ高くても、子ども達はしっかり時間を守るのだなぁと感心した。

少しずつ日も暮れて来たが、もう少しだけ粘ろうと思い、公園の外に出て自販機で缶コーヒーを買った。プルタブを開け、ひと口コーヒーを飲んだ。ふうっと息を吐いて、視線をすべり台の方に向けると、見覚えのある黒猫がいた。ジジだ。

近くまで歩み寄ると、ぐるるるるぅと喉を鳴らし、それから低めのダミ声で、ニャアと鳴いた。僕の知っている“あのジジ”よりも三回りくらいぽっちゃりしていて、真っ黒な毛並みと赤いリボン以外は似ても似つかない。それでも可愛いと思えるから、猫という生き物はズルい。

「ジジーっ」と僕が声を掛けると、またニャアと鳴いた。返事をしてくれているようだ。
「ねぇジジさぁ、マリリンって今日ここに来るかなぁ。俺、マリリンにいろいろお世話になってるから、ありがとうって伝えたいんだよね」なんとなく、ジジに話しかけてみた。

「ありがとうはウチの方やで」

唐突に聞こえて来た声に、僕は思わず「わぁ」と叫び、後退りした。すると、すべり台の陰からマリリンがぬぅっと姿を現した。今日はまたゴスロリ系の漆黒のドレス姿だ。その姿自体は見慣れたつもりだったが、急に物陰から出て来るのはさすがに反則だと、心の中で誰にとも無く言い訳をした。

「そない驚かんでもええやんか。ウチに会いに来てくれた言うとったのに、出て来たらまるでお化け扱いやん」
マリリンは不満そうに、でも、笑いながらそう言った。

「ごめん」
僕は素直に謝った。

「ありがとうはウチの方やで」
マリリンが、もう一度言った。

「え、なんで?」

「ウチみたいなけったいなガキの言うこと聞いてくれて、ほんで実際に役者やるって言うてくれて。でも、結局頑張ってんのは兄ちゃん自身やん。ウチ、何もしてへんで。それなのにありがとうなんて。そやからウチの方がありがとうやで。学校やったら『生意気言うな』言われて、無視されるだけやもん」

「でも、僕は君の言葉が無かったら、きっと夢を諦めて、なんとなくダラダラとフリーターやってたと思うんだ。ここに来る度に君の言葉に勇気をもらってさ、それでやっと行動して。情けない。感謝しかないよ。ありがとう」
僕はそう言って、用意しておいたカステラを差し出した。

「カ…、カステラやん!しかも、文明堂やん!」
マリリンが細く垂れた目の奥を、キラキラと目を輝かせている。やっぱりカステラ、大好物だったんだね。

「こんなんもろてええの!?めっちゃ嬉しいねんけど!…いや、でも持って帰ったらオカンに怒られるかも知れへん。兄ちゃんのこと知らんし、『どこで盗んで来たの』言うて、ツノ生やすかも知れん。どないしよ...」
マリリン、よっぽど信用ないんだね、と心で呟く。

「じゃあ、持って帰ろうかな」
ちょっと意地悪を言ってみた。

「いや、あかん!もろてく!オカンが何言うても関係あれへん!ツノ生えてもかまへん!絶対カステラもろてくで!」

「う…、うん。わかったよ」
圧がすごい…。僕はカステラの入った紙袋を手渡した。

「あんなぁ兄ちゃん、人ってようさん感謝すればするほど幸せ感高まるんやって。オトンの師匠の松っさんいう人が、そう言うてたんやって。それくらい『ありがとう』は大事やって、オトンがいつも言うてる。兄ちゃんはそれが出来てて、ほんまエライと思うわ」

幸せ感?松っさん?よくわからないけど、確かに感謝する数が多い方が、絶対自分も幸せだよなぁと思う。僕自身、夢を諦めようとしてた時は心がささくれ立っていて、感謝するどころか苛立ちが先に来ていた気がする。今は自然と「ありがとう」が言葉になるし、贅沢は出来ないけれど、その頃よりも充実していて幸せを実感出来ている。

それもこれも、マリリンのおかげだ。

「ありがとう、マリリン」

「そないしんみり言わんといてぇや。なんや恥ずかしいやん」

照れたその表情は、小学生らしいあどけないものだった。そう言えば、まだ5年生なんだよな、マリリンは。

「ほなウチそろそろ帰るわ。遅くなり過ぎたら『ご飯片してまうで』言うて、オカンに怒られてまうからな。兄ちゃん、ほんまにカステラ、どうもありがとう」

そう言って、マリリンはドタドタと走り去って行った。それに気付いた黒猫のジジも、「ニャアッ」とひと鳴きしたあと、ドタドタとマリリンを追いかけて行った。なんだかそっくりだなと、僕はひとりでニヤニヤしながらベンチに腰掛けた。

一人になり、そういえば松っさんて誰だろうと気になり、スマホを出して調べてみた。

『感謝の心が高まれば高まるほど、それに正比例して幸福感が高まっていく。』
                          松下幸之助

松下幸之助って、経営の神様って言われてる人だよね…。その人がオトンのお師匠さん?お父さんていったい何してる人なんだろうか。

今日もまた一つ、疑問を残してマリリンは去って行った。

明日もまた、頑張ろう。

以下、過去作のリンクです。


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