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オープンザウィンドウ

窓を開けられた。まだまだ肌寒い春頃だ。開ける必要なんてない。それでも、開ける必要があると判断された。もっと正確に言うなら、誤解された。

お昼過ぎだったと思う。携帯の機種変で少し遠くのソフトバンクショップに用があった。よく知らないが、携帯の契約期間が云々らしい。携帯は家族と祖父母が一緒に契約しているから、少し遠くに住んでいる祖父母は町を跨いで車でこちらへやってきた。

午前中は家で祖父母と共に熱いお茶を飲み、雑談をするなどしてのんびりした時間を過ごした。祖母が買ってきてくれた甘いお菓子を口にし、母が慌てて小綺麗にしたリビングに違和感を覚えながらお茶を啜る。

「そろそろ行こうか」

父の一言で僕らは家を一斉に出た。祖父母はこの家へ戻らずに携帯ショップからそのまま帰ると言う。だから祖父は車を家に置いていかずに、ハンドルを握った。いつも父の運転する車の後部座席に乗っているから、こういうときくらいは普段乗らない車に乗りたくなる。祖母も助手席を譲ってくれたので僕は祖父の運転する横に座った。

普段、スマホはポケットに入れるが、その日はハイウエストのジーンズを履いていた。経験ある方は分かると思うが、ハイウエストのジーンズにスマホを入れて座ったりしゃがんだりすると、スマホが折れるのではないかと思わんばかりの窮屈さを体感する。まったく困ったものである。まあ足の長さが長くなるのなら、これくらいの代償は払わなくてはならないのが自然の節理というやつだ。

それでも窮屈で窮屈で仕方がなかったので、僕はとりあえずスマホをポケットから出し、手持ちに切り替えて乗車した。

「お願いしまーす」

シートベルトを締める。片手で締められるほど器用ではないし、助手席は慣れてもいないから両手で締めた。スマホはそのとき股の間の隙間に置いた。

僕はスマホを股の間に置いたまま、移りゆく車窓の景色と会話を楽しんだ。

それでも会話がずっとずっと弾んでいるわけではなくてもちろん沈黙が存在する。僕は会話の沈黙が割に好きなタイプだから沈黙に恐れを抱いたことはないし、部屋を小綺麗にする母のように彼らへ気を遣うことは殆どない。

信号が青から黄色、黄色から赤へと切り替わり、祖父はゆっくりブレーキを踏み込む。それと同時に会話もゆっくりブレーキし、停車した頃にはちょうど沈黙が訪れた。重くない、ライトな沈黙だった。

その沈黙がはじまってから数秒後、股の間に置いたスマホが何かを通知した。僕のスマホは年がら年中マナーモードだったため、車内にはバイブレーションだけがこだました。低く重たい「ブー」といった音が、僕の股の間から鳴ったのだ。SONYやらBOSEやらのスピーカーに負けない重低音である。ライトな沈黙の中に、ヘビーなバイブレーションが車内を包んでいく。

僕はスマホを股の間から取り出して、通知を見た。それは最近インストールしたお天気アプリの通知だった。画面を一瞬だけ見てまたスマホを股の間に戻した。まるでスマホのあるべき位置は当然そこであるかのように。

その時だった。僕がスマホを戻したと同時に、祖父は黙ったまま助手席と運転席の窓を開けた。

どうしてまだまだ肌寒い時節のドライブ中に窓を開けたのだろう。その場でよく考えた結果、ひとつの答えに辿りついた。

「屁放」に思われたのだ。言い換えればガスを鳴らしたと思われたのである。車という密室な空間で、幾ら気を遣わない間柄でもマナーとして僕は屁が出ないように死守するというのに、勘違いされてしまったのだ……

訂正の会話をしようと思ったが、そのバイブレーションに気づいているのかいないのか、後部座席の祖母が全く違った話をし始めた。そして何事も無かったかのように、車は携帯ショップへ着く。

僕は車を降りて自動ドアを潜り深く椅子へ掛けた。
待ち時間の間、僕はお天気アプリの通知をそっと、オフにした。

【追記】
かれこれ2年前に書いた記事をアップしてみました!どうですか?
なんか文章のスタイルとか変わってますかね??

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