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小説

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小さな物語をイラストと共に。
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どうにもならない線

どうにもならない線

 もうすぐこれも去年の話になる。

 春になり、上も下も七分丈がちょうど良くなるころに、ココノエは園芸店の棚の前で迷っていた。
 小さな芽だった。「ミニひまわり」なるものらしい。

 ココノエは今まで植物に興味を示すことはなかった。植物だけでなく、趣味嗜好とされるあらゆるものに興味を持たなかった。持とうともしなかった。
 ココノエが気になる事といえば、大学の単位や、友人関係、切りすぎた前髪くらいで

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パイロン兄弟

パイロン兄弟

 かつてパイロンを被ると別次元に行くことができるというウワサが学校中で広まった。
 いかにも小学生というのはなんでも興味を持ってしまうので、学校中のパイロンというパイロンは消え、気づくと皆、赤いとんがりをぶかぶかに被って授業を受けるようになっていた。

 さながら魔法使いのようではあったけれど、当然別次元になど行けるはずもなく、先生達はカンカンに怒り、遂には全校集会で校長先生が
「パイロンを被る者

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MFは永い夢を見る

MFは永い夢を見る

 MFは落胆していた。また七度寝してしまったのだ。
「あぁ」と言い時計を見ると、時刻はすでに十七時を廻っていた。
 重たい身体を慎重に起こし、眼鏡を掛けカーテンを開ける。外はすっかり暗く、目の前にあるはずの海も夜に溶けてしまっていた。
 しかしMFは、最初は落胆していてもいつも呑気だった。夢の中にいるのも現実に戻るのもさほど差を感じない。なぜならMFはきまった仕事をしていなかったからだ。
 MFは

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冬のフロート

冬のフロート

「この寒い時期にフロートを頼む奴がいる」

 そんな話をされたのは職場の小学校から程近いカフェでの事だった。喫茶ルナはイギリス風の小さな建物で、職場からは徒歩五分、丁度裏門を出て右に軽く坂道になった住宅街を進むと様相の違う建物が出てくる。
 いつか主人が「これはとあるブリティッシュタウン・テーマパークの主人が建ててくれたんだ」と言っていたが定かではない。
「ですが冬にフロートを頼む人はある程度いる

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伯父の手紙

伯父の手紙

 伯父は騒がしい人だった。
 いつもうちの喫茶店に来ては、やれあそこの歯医者は痛いだの、パチンコで今日はいくら擦っただの、自分のやっている古書店がうまくいっていないだのと、誰も聞いていなくてもとにかく喋っていた。来るときにはいつも、左胸のポケットにいつの時代のものかも知れない飴色のパイプを挿していた。

 伯父は下戸だったのでいわゆる飲み仲間というものは持っておらず、毎夕自分の店を閉めた後うちに来

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