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自由なデータ流通に関する国際的議論での、日本の貢献は? 『4カ国対話』白書の読書会報告

国境を超えた自由なデータ流通を実現するにあたり、どういった課題があり、どのような国際協力が必要なのか ——— 世界経済フォーラム第四次産業革命日本センターでは、デジタル経済の発展めざましい4カ国(ベトナム、インド、タイ、フィリピン)のデータ政策について知見を深めるため、2021年4月に発行された白書「Advancing Data Flow Governance in the Indo-Pacific: Four Country Analyses and Dialogues(インド太平洋におけるデータ流通の促進:4カ国対話と分析)」の読書会を4月27日に開催いたしました。

当センターのスタッフ、フェロー、インターンに加えて、外部の有識者、関係省庁有志など20名以上が参加し、今後の越境データ流通の進め方と展望が議論されました。


白書の概要

Data Free Flow with Trust(DFFT:信頼性のある自由なデータ流通)は、2019年1月のダボスにおいて安倍首相(当時)が提唱した、新たなデータ・ガバナンスの枠組みです。2021年4月、菅首相が「今こそDFFTを具体化するルールを作るとき」と世界経済フォーラムが主催したサミットでスピーチしたことも記憶に新しいと思います。

様々なステークホルダーが受け入れやすい形で、安全なデータ流通を促進するために、各国間での信頼を確立することがDFFTのビジョンの一つです。

そこで、国により異なるデータ利活用の目標や政策を分析し、協働の機会を模索・提供するために、世界経済フォーラムは、2020年12月から2021年3月にかけて、4カ国に焦点を当てたオンライン官民対話をホストしました。各ワークショップにおいて、当該国から多様なステークホルダーを招き、その国のデータガバナンスの現状と課題について意見を交わす場を提供しました。

今回発行された白書には、この対話に基づく知見が掲載されています。各国の議論については別のNote記事で紹介していますので、ぜひご覧になってみてください。

●デジタルインフラを強化しながら、新たなプライバシー法を検討中のインド
● BPO産業を背景にプライバシー法整備が進んでいるフィリピン
● 好調なデジタル化を維持するため、コロナ禍で個人情報保護法の執行を延期したタイ
● 東南アジア地域のイノベーションセンターを目指すベトナム


読書会の様子

読書会では、オンライン官民対話と白書執筆支援を担当してきたインターンが、白書の内容を7ページにまとめたレジュメを作成・共有し、各国の対話の概要と全体から得た知見についてプレゼンテーションを行いました。

オンライン会議システムを通じて、質疑応答と討議も行われました。各国の個人情報保護法案の詳細について質問があったり、これからの国際連携の方向性について意見が交わされました。

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参考:各国の国際的枠組みへの参加状況

比較的参加している国が多い ASEAN Model Contractual Clauses の普及の理由や、複数国間の交渉のステージとなる WTO Joint Statement Initiative への各国の姿勢が話題になりました。


プラットフォームを持たない日本の付加価値

読書会当日、特に盛り上がったのは、経済安全保障やグローバルな産業競争力に関するトピックでした。

例えば、インドでは、ITサービスの提供に用いられるサーバー設備等の国内設置を求める「データ・ローカライゼーション」等が、現在審議されています。

こうしたインドの姿勢と、日本が持つべき視点についての質問がありました。世界的なデータ・プラットフォームを持たない日本が、どのようにその立場を活かし、世界的にデータ流通を推進できるのか、という内容です。

インドでは、国内におけるデータ流通基盤とトラストの確保ができていないうちにDFFTに積極的に参画すると、強力なプラットフォームを持つ国に、自国のアセットを持っていかれてしまうという懸念があると指摘されていた。
日本は、DFFTの提唱国として、そうした慎重姿勢を示す国々の考えをどのように取り込んで、インターオペラビリティの議論を進めるべきか。

この質問の背景には、現在世界で進められているデータ流通の議論が、 GAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple といった大手IT企業)などのプラットフォームの進展をめぐり進められているという現状認識があります。自由なデータ流通に賛同し推進する国々がある一方で、自国のアセットと主権を守るため制限的な政策をとっている国々もある、という議論の捉え方が見られました。

しかし、少し視野を広げて、各国の具体的なビジネス状況を分析すると、この対立軸は再構築が可能であると分かります。白書で示されている通り、国境を越えたデータ流通による恩恵は、米国発のプラットフォーマーのみならず、東南アジアや南アジアなどのデジタル急伸国も享受できる可能性が高いからです。

スマート・センサーで感染症を早期に探知し、40~50%コスト削減しているベトナムの養魚場、オンライン・プラットフォームを活用して地域最大の規模に成長したタイのデジタル旅行業、技術的な向上を図っているフィリピンのBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)産業など、今回の対話で、数々の具体例が浮き上がりました。

規模もセクターも多種多様なのですが、共通しているのは、越境データ流通が地域のデジタル成長に不可欠な存在だということです。各国とも、製造部門の活性化のために迅速なデジタル化が望まれており、また、地域の中小企業やスタートアップが、海外のビジネス・パートナーからの信頼性を得る意味でも、データガバナンスが切実に求められています。

そして、自由なデータ流通を実現するために、各国間の信頼を再構築するにあたり、日本のポジショニングが重要になります。日本は、幸か不幸か、GAFA規模のプラットフォームを擁していないので、このようなデータ流通が可能にする社会的課題の解決や経済利益についての論点を展開するために、適している立場にいます。

この対話で得た知見を国際社会で提示し、プラットフォームを持っていない国が、自由なデータ流通から得る恩恵をクリアにし、世論を動かすことで、日本は DFFTの実現に向けてリーダーシップを発揮することができるのではないでしょうか。


官民対話そのものがキャパシティビルディング

今回の読書会は、以下のコメントで締めくくられました。

官民対話と規制当局を巻き込んだ国際的な対話が最も近道。
民間同士や監査機関同士の連携(ナレッジ共有やキャパシティビルディング等)が重要になってくるし、それがDFFTイニシアティブの目指すところ。

この4カ国対話は、今後のデータ流通の実現と個人の権利の確保において、当センターが実施する官民連携の必要性と可能性を提示しました。

前記の通り、官民対話を通してユースケースが浮かび上がり、政策立案関係者は法的枠組みの効果について理解を深めることができました。また、行政当局と民間セクターが知見を交換することで、プライバシーやセキュリティの確保に関するキャパシティビルディングに繋がりました。さらに、監査機関同士のベスト・プラクティスを共有するまたとない機会となり、越境データ移転に関する信頼性の強化に貢献したといえます。


レジュメ担当の所感

従来の国際貿易の大半では、物理的な移動やチェックポイントがありました。しかし、データガバナンスの分野では、データという目に見えないアセットが、国境を越えるために、目に見えにくい法的枠組みが形成されています。この枠組みが、全宇宙にある星の数の40倍のByteのデータ流通を動かし、政策アプローチによっては世界各国のGDPを3.5%も左右できるほど、私たちの社会や地域に膨大な影響を与えています。

このような目に見えない枠組みが、様々なトレードオフのある交渉の中で、現在作り上げられています。自由にデータを流通させるとしても、十分なプライバシーとセキュリテイの保護がなければ、個人の権利の侵害やデジタル格差を拡大してしまう恐れもあります。ある政策によって海外の大企業が優勢になり、国内のスタートアップが競争する余地が減少しても、その国に有益とは言えません。 

これからの社会を左右する枠組みに、様々な価値観や優先順位の「バランス」が必要だからこそ、今後もマルチステークホルダー間の連携を通して、積極的にデータガバナンス領域で活動し、自由で信頼があるデータ流通に貢献して参りたいと考えております。


執筆:世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター インターン 角南萌

企画・構成:世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター プロジェクト戦略責任者 工藤郁子

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