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Agile Governance Summit報告 #3 GX by DX

有限の天然資源に依存する経済から生態系協調モデルによる循環経済への転換が急務となるなか、その転換にアジャイルガバナンスやガバナンスイノベーションはいかに貢献しうるのでしょうか。共有価値と信頼、連携、ステークホルダーの包摂など、「DX(Digital Transformation)」がもたらす「GX (Green Transformation)」のさまざまな可能性について、ライフサイクルアセスメントを研究する青木志保子氏、Sustainable Resource Economy領域で活躍するBernice Lee氏、ビジネスモデルイノベーションで知られる妹尾堅一郎氏で議論しました。

本投稿は、2023年4月27日(木)に開催されたG7デジタル・技術大臣会合の関連イベント「Agile Governance Summit」の「Session #3: GX by DX」の模様について報告します。

循環経済=制約?

Wholeness Lab 代表、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター 主任研究員 青木志保子氏

冒頭、モデレーターの青木氏は「産業革命以降、成長と拡大の時代に生きてきた私たちは、資源やエネルギーなど制約の時代を迎えているのではないでしょうか」と議論の前提を問いかけました。Lee氏は「経済成長だけでもなく、環境だけでもない。 循環経済を理解するには、資源の安全保障、経済の安全保障、つまり社会環境の国家安全保障という観点が重要だ」と指摘しました。

幸せ、健康、環境、正常な空気とか、全部が私達にとって非常に重要です。だから経済成長以外にも、ウェルビーイングなどの新しい社会的指標が国レベルで提案されています。ただし大切なのは新しい枠組みよりも、行動です。環境だけではなく、資源や素材の安全保障、経済の安全保障、つまり社会環境の国家安全保障として捉えることが実際の行動につながると思います。

Hoffmann Distinguished Fellow for Sustainability; Director, Research, Futures, Chatham House
Bernice Lee氏 

妹尾氏は、企業側の視点にたち、現在がビジネスモデルの移行期であることを強調しました。

サステナブルな社会を作るのは制約なのか、目的なのか、その位置付けによって違ってきます。世界の国々の多くは2050年にサーキュラーエコノミーにすると言っています。つまり今はそのトランジットの過程、つまり既存のビジネスをいかに延命させる一方で次の社会に対応したビジネスモデルをどうするかというバトンゾーンにあるんです。エネルギーとマテリアル(素材)、インフォメーションの三位一体で価値が形成されるCPS(サイバーフィジカルシステム)において、どのように新たなビジネスモデルをつくっていくのかが問われています。

特定非営利活動法人産学連携推進機構 CEO&CRO 妹尾堅一郎氏

GDPにかわる指標?

次に青木氏は、紙は気候変動に寄与するが生物多様性には悪影響があるなどの例をあげて新たな社会的指標間にある非整合性と相互矛盾を指摘したうえで、スピードアップのために指標を統合していくという考え方の是非を問いかけ、Lee氏は下記のように回答しました。

一つの指標だけを選択するようにするのは現実的ではありません。矛盾を抱えたまま前に進むしかない。CPSでは、デジタルツールやデータを用いて、複雑なこともできるようになる。今やらなければ、いつやるのかと思っています。

軌道修正しながら道筋を見つけなければいけない。そして、ようやくさまざまな報告を通じて説明責任を問うことができる段階に来たということだと思います。

妹尾氏は、さまざまな指標の相関関係が不明瞭であることを踏まえたうえで「センター試験のように問題と答えのセットがないと学べないということではない」とコメントし、下記のように述べました。

そもそも成長経済を追求するGDPは、買い替え経済で消費を促すことが重要で、再利用など循環経済のためのインデックスが組み込まれていません。その理解からスタートし、見知らぬ未経験ゾーンに突入すれば、もうトライアンドエラーしかない。時間かけてガチガチのガバナンス・ルールを作る代わりに、トライアンドエラーしながら学んでいこうということなのです。だからサステナビリティや循環経済を考えるときに、アジャイルガバナンスが必要だと思っています。

複雑なものを複雑なまま受け入れるとは?

CPSがもたらす「複雑なものを複雑なまま受け入れる」ことについて、Lee氏は下記のようにコメントしました。

複雑さは、恐れることはないんです。複雑性とともにシステムは進化します。そこから信頼というプレミアムや、そのインテグリティ(誠実性、全体性)に対する補償もうまれるでしょう。相互運用性の質に投資するだけじゃなく、それを確認するためのツールにも投資をしなければなりません。CPS環境においてアジャイルガバナンスが議論されるのは、誰がこの「質」をコントロールするのかが重要になるからです。そして信頼というプレミアムのためにも、コラボレーション(連携)が必要になってきます。


CPSと循環経済

最後には青木氏から企業側のインセンティブに関する問題意識が共有され、Lee氏と妹尾氏からはCPSの循環経済のありかたについて下記のようなコメントがありました。

ずいぶん前にクウェートの友人が言っていたのですが、テレビを通じて国の電力状況が把握できるそうです。電力メーターが下がれば、電気消したり洗濯機を止めたりしていた時代もあったと聞いています。このように、循環経済にも可視化とフィードバックのループがあればアジャイルにいろいろ実現できるのではないかと思います。循環経済のアクターはもちろんわたしたち全員です。(Lee氏)

循環経済の議論は「結局は人の意識だよね」という方向にいきがちですが、それはある意味の放棄でもあって、社会には仕組みや仕掛けをきちんと考えることが求められてると思います。iPhoneは14になって、アーキテクチャが刷新され、修理しやすくなりました。Appleは本体をリサイクルし、分解し、再利用するという循環構造を作っている。プロダクトとしても、iPhoneの登場はノート、ペン、カメラ、地図、テレビ、ラジオ、CDプレーヤーという品種を「削減」し、資源循環的なインパクトを体現しています。時代は確実にそちらに動いているのです。物減らしのための物作りはこれからますます重要になってくる。企業に駄目出しをするばかりじゃなくて、一緒に現場を見ながら多くのアジェンダを議論していかなきゃいけないと思っています。(妹尾氏)

終わりに

正直に言うと、今回のセッションはそれぞれの議論が「噛み合っていない」ことが鮮明でした。循環経済を導く駆動力は、指標なのか、アクションなのか、メインアクターはルールメイカーの行政なのか、企業なのか。ただこの掛け違った感じこそが、循環経済をめぐる「今」なんだという指摘をいただきました。

だからこそ一層、それぞれのアクターが置かれた環境や見えている課題感をフラットな立場で対話することによって、全体像を明らかにし共有知化するアジャイルガバナンスの実践の重要性を痛感します。

循環経済の社会実装の例として、すでにフランスやドイツでファーストフード店やカジュアルレストランが店内飲食用に使い捨て容器や食器を使うことを禁じる「循環経済法」が施行され、再利用可能な容器が導入されたり、使い捨て容器の利用には追加料金がかかるようになったことが報道されています。これまでこうした動きは「環境意識が高い」というようにみていましたが、実際は国と企業が一体となった有限な資源をめぐる安全保障の一環であると考えてみると、この潮流が、今後ますます大きくなっていくのは必然なのでしょう。

各地域において求められる循環経済の指標やアクションと、グローバルで連携するためのものはそれぞれ異なるかもしれません。ただ、各現場におけるリアルを大事にしながらも、それぞれが調和するようにコーディネートする、そうした連携を支える機能をアジャイルガバナンスが担うことによって、矛盾を内包しながらも前に進んでいくことができるのではないでしょうか。

循環経済への移行というパラダイムシフトをいかに実現できるのか、アジャイルガバナンスはどのように貢献できるのか、今後も皆さんとの対話を通じて考えていきたいと思います。

隅屋輝佳(世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター アジャイルガバナンス プロジェクトスペシャリスト)
ティルグナー順子(世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター 広報)

【ご参考】


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