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Agile Governance Summit報告 #1 Governance Principles & The Pluriverse

2023年4月27日(木)、多様な実践知をもつ参加者と共に、サイバーとフィジカルが混じり合うCPS(Cyber-Physical Systems)社会のガバナンスについて公式提言を行うことを目的に、G7デジタル・技術大臣会合の関連イベント「Agile Governance Summit」が開催されました。4月30日に開催されたG7デジタル・技術大臣会合宣言では、本サミットにて議論したGovernance Principlesが取り上げられるなど、多くの方々の尽力がひとつの成果として結実し、大変嬉しく思います。ありがとうございました!

https://g7digital-tech-2023.go.jp/topics/topics_20230430.html

本投稿では、CPS社会に必要とされるガバナンス・イノベーションを議論するためのさまざまな切り口のうち「Governance Principles & The Pluriverse」に焦点を当てたセッションについてご報告します。差異と多様性を尊重し、連携と協調を実現するテクノロジー・ガバナンスはいかに可能か。多元世界=プルリバースの概念を提唱する哲学者Federico Luisetti氏、サイバー・フィジカル・システム(CPS)社会におけるガバナンスDXの新たな原則「ガバナンス・プリンシプル」の策定に尽力した稲谷龍彦氏とともに、これからのCPSガバナンスに求められる新たな「コモンセンス」を考えるセッションとなりました。

Opening Remarks

World Economic Forum Managing Director,  Jeremy Jugens

冒頭で挨拶にたったWorld Economic ForumのJeremy Jugensは、2018年から始まったアジャイルガバナンスの取り組みを振り返りながら、世界がガバナンスモデルのアップデートを必要としている現状について共有しました。

未曾有の複雑性と脆弱性に満ちた世界、AI能力の加速化に代表される速いペースで起こり続ける技術革新。このような変化の累積がもたらす新たな価値の創出、既存システムとの緊張関係、デジタルの搾取と安全性などを世界が問い続けるなかで、G7という大きなレベルでガバナンスのありかたを議論する時がきています。

テーマの背景

世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター 隅屋輝佳

セッション第一弾「Governance Principles & The Pluriverse」では、本サミット運営責任者の隅屋から、サブタイトルとしてGovernance Principlesに加えて「The Pluriverse (プルリバース、多元世界)」を掲げた背景について説明がありました。

「プルリバース」というこの聞きなれない言葉は、一つの絶対的な価値基準ではなく、世界の中には複数の価値基準とその社会があり、その社会の独自の世界観、歴史、思考体系があるということを表現しています。プルリバースを提唱したアルトゥーロ・エスコバル教授は「ラディカル・インターディペンデンス」という言葉を通じて、人と人、人と自然、人と機械また、機械と自然など相互に依存しながら私達は生きている・生かされている、それぞれの存在の網の目の中で私達は生きているということを伝えています。これまでの私たちの世界ではそういった複雑性を許容できるガバナンスやそれを支える技術がなかったわけですが、CPSにおけるガバナンスは私達の複雑な社会を複雑なままに扱うことができるのではないかと思い、本サミットではCPS社会におけるガバナンス・プリンシプルズとプルリバースを同時に考えてみることにしました。

Governance Principles

Governance Principlesを作成したタスクフォースのリーダーである稲谷龍彦氏(京都大学法学研究科教授)からは、まずタスクフォースがG7各国の多様なバックグラウンドを持った有識者によって形成され、G7デジタル技術大臣会合でのガバナンス・イノベーションに関する政策形成への貢献を目標に、約2ヶ月という活動期間のなかでオンラインミーティングやメールを通じて熱心に議論を重ねてきたことが紹介されました。

京都大学法学研究科教授 稲谷龍彦氏

CPSの社会実装拡大に伴って、今後増大が見込まれるアーキテクチャの権力を、法の支配・民主主義・人権保障原理といった既存の統治システムの基本的価値と調和するように統制するための方法論を明らかにしようというのが、このガバナンス・プリンシプルズの意図です。

CPSについては「リアルタイムでデータを収集し、アルゴリズムなどを用いてデータを処理解析し、その結果に基づいて物理空間に出力する、独立しながらも統合された複数のシステムからなるシステム(System of Systems)」と定義。具体例として、スマートシティ、スマートホーム、スマートメディカルシステム、自動運転システム、デジタル化された行政活動などをあげています。CPSの活用は、気候変動・自然災害・高齢化・人口減少・パンデミックなどの社会課題へ適切かつ効果的に対応することを可能すると同時に、新たな産業を創出することで経済活動を活性化し、私たちの社会をより持続的で強靱かつ公平で包摂的にしていく可能性があるとの見方が示されました。

一方、CPS活用のリスクとして「アーキテクチャの権力」の濫用が提示されました。物理空間やサイバー空間あるいはその双方において様々な形態をとって発生するアーキテクチャの権力が、G7各国で共有されてきた「法の支配」「民主主義」「人権保障」といった基本的価値と整合しない形で行使される可能性があること、また、実際すでにこうした濫用例が無数に存在しうることが指摘されました。

さらに稲谷氏は、CPSが多数の複雑なシステムによって構成されており、動態的に発生するシステム間の接続や切断の影響が予測できないため、システム全体のリスクを事前に把握することが困難であることに言及しました。そのため、CPSのガバナンスにおいて重要なのは、迅速で分散的、かつマルチステークホルダーが適切に関与する手続きを通じて、CPSの挙動を制御する様々な「法(従来の意味の法だけではなく、アルゴリズムやコードも含みうる概念)」に正当な理由を与え続けることであることを強調しました。まさにアジャイルガバナンスです。もっとも、実装にあたっては、問題の性質に応じて、迅速さとマルチステークホルダープロセスの生む正統性とのトレードオフを適切にバランスするという観点から、ガバナンスシステムが複層化することも予想されるとしています。

G7デジタル技術大臣会合宣言(34及び35段落)でも取り上げられたGovernance Principles原案は、こちらからダウンロードいただけます。
https://app.box.com/s/weqvhojo9lfpr2flpqoeab4rptubrig0

Pluriverse

Italian Culture and Society, School of Humanities and Social Sciences, the University of St. Gallen Associate Professor, Federico Luisetti氏

プルリバースを想起することで、コラボレーションと協調、差異と多様性の尊重、個人主義と階層性のパラダイムを超えるためのテクノロジーガバナンスを育成するという主催者からの呼びかけに応えて、イタリアから東京にやってきました。

Luisetti氏は、Pluriverse(プルリバース、多元社会)の起源がメキシコ・チアパスの先住民によるサパティスタの蜂起にあると説明。この先住民の運動が、自分たちの価値観、経済、生態、文化に従って平和的に「共存する権利」への覚醒に繋がり、500年間を超えて労働と単一栽培(モノカルチャー)に基づくプランテーション経済に窮乏していたアメリカ大陸先住民とその生態系に他の選択肢を提示したことを説明しました。つまりPluriverseは、脱グローバリズムを求めるものではなく「多くの世界が適合する世界(a world in which many worlds fit)」、多元(Plurarity)を前提に相互につながりあう世界という選択肢を示していると言います。そしてこの共存は、地球規模で生活や技術を規定する”ユニバーサルな”原則から脱却(de-linking)することによって実現するとし、グローバル・ガバナンスに対する「画一的な」アプローチに疑問を投げかけ、既成概念の優先順位の再考と、社会、テクノロジー、環境に関する異なる視点を提案しています。

そのうえでLuisetti氏は、一極集中(Unipolarity)を批判するPluriverseの立場を踏まえて、モノ・テクノロジー主義(Mono-technologism)について警鐘を鳴らします。一握りの企業や国家が主導する生活や行動様式の広汎なデジタル化は、モノカルチャー農業の論理を再現し、社会的不公正や天然資源の採取といったこれまでのパターンを加速、強化、自動化する可能性があるからです。

CPSは、技術システムの所有者によって正当化されるデジタル均質化を広めてしまうのでしょうか?

地球の生態系を持続不可能にしてきたモノカルチャーや一極集中的の考え方は、私たちの社会のあらゆる場面において支配的だといえます。Luisetti教授は、CPS社会のあるべき姿として無限に複雑な共生ネットワークを持つ自然社会を参照し、さらには政治的な意思決定プロセスに自然のアルゴリズムソリューションを取り込んでいるコロンビアの「ナチュラルインテリジェンス(NI)」という一歩踏み込んだ取り組みなどを紹介したうえで、CPS社会に向けたGovernance Principlesが掲げる「分散型ガバナンスシステム」の呼びかけに強い賛同を表明しました。

セッションを終えて

本セッションでは、タスクフォースで取り組んできた成果を多様なバックグラウンドを持つ参加者に共有し、さらに発展させて議論を行うことのできた大変貴重な時間でした。

また、今後私たちがCPSをデザインしていく上で、それぞれの社会が持つ独自性に対する理解を深め、固有の豊かを尊重し守るという視点を持って関わることの必要性を痛感しました。その前提として、稲谷氏が和辻哲郎の「間柄」の概念を引用しつつ言及された『日本語における「人間」という概念は、「人」という漢字と、「間」という関係性を示す漢字によって構成されている』という言葉が象徴する、関係性の結節点として諸存在を理解することで、「人と物」、「自然物と人工物」といった二項対立的な思考法を克服する関係論的な視点に基づく問題の問い直しが、今各地で起こっているのを感じています。そうした非一神教的な感覚や文化が内在する日本において、G7のサイドイベントという貴重な場で、新しいガバナンスのあり方に対する問いや視点を参加者の皆さんと共有できたこと大変嬉しく思います。

今後も、多様な価値観を持つ人や、機械、自然との対話と交流を通じて、マルチステークホルダーによるアジャイルで分散的ガバナンスであるアジャイルガバナンスをさらに発展、実装させていきます。

隅屋輝佳(世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター アジャイルガバナンス プロジェクトスペシャリスト)
ティルグナー順子(世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター 広報)


 【ご参考】


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