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【みんなの山月記①】知らん兄ちゃんに急に語り出す、新世界のおっちゃんの「山月記」

BYTHREEの2022年の年賀状「NEW YEAR BOOK 2022」に掲載している「みんなの山月記」より、1話ずつ抜粋しています。 

 あんなぁ、だいぶ昔の話やねんけどな、中国に、李徴っていう兄ちゃんがおったんや。李徴てな、宇治原みたいにめっちゃかしこやねん、な!? もうおもろいやろ? ほんでな宇治原みたいやから、官僚? みたいな、お役人さんにならはったんや。せやけどなチエちゃん、李徴はな、「ワシの周り全員めっさアホで、こんなんの下で働くんやったら、芸人になってガーってネタ作ってバーンて売れて。さんまをキャンいわして、歴史に名ぁ残したるわ」ゆうて、仕事辞めてん、な!? おもろいやろ? ほんで何年か、芸人目指して過ごしとったんやけど、まぁーそない簡単には売れへんわなぁ。李徴には嫁はんも、ぼうずもおったから、「めし食わしていかなあかん」ってなって、結局、また役人に戻らはったんや。まぁー東のりーみたいなもんやな。ほんでそこでは、昔めっさ馬鹿にしとった同期やペーペーがだいぶ偉なってて、正味、むっちゃやりにくかったんちゃうかなぁ。ほんで一年くらい経って、急に頭パーンなって出先で夜中に「うわああぁ~! やすともどっちが姉でどっちが妹かすぐ忘れてまう~」ってわけわからんこと言いながら出て行ってしもうてん。そっから李徴がどうなったか、だぁれも知らんねんて。

 で、本題はこっからやねんけどな。李徴がおらんくなって一年後、お役人さんの袁傪っちゅう奴が、出張である所に行ったんや。この袁傪っていうんは、菅ちゃんによう似たええ奴でな。真面目で、まだ日ぃ明けてへんのに、林ん中をバーっと進んでたんやって。ほんだら、急に、そこらへんの草むらからガサガサ、ガサ……、ガサガサ、サササッ、ガサガサって音して、「はぁ?」て思たら、いきなし黄色いんが、袁傪軍団めがけてガオーいうて跳んできたんや! 袁傪軍団は「あっ! 虎や! 噛まれた方がおいしい」思て、我先にそっちに向かっていってん。でもなんでか知らんけど、その襲ってきたはずの虎が、くるっと回れ右して草むらに戻ったんや。ほんで草むらから、人間みたいな声で「あっぶなっ、あぶなぁー、あぶなっ」って聞こえてくんねんて。その声に、袁傪、ピーンきて。「われ、まさか李徴かいな?」言うて聞いたんや。ほんでしばらくシーンとしてんねんけど、草むらから声が答えたんや。

 「せやで」

 袁傪と李徴は、昔ツレやってんなぁ。人と虎でなんやややこしいけども、懐かしいツレ同士、そら積もる話もあるわな。李徴が「こないなスベってる姿、絶対見せられへん」言うさかい、草むら挟んで、色々話したんやって。

 なんで李徴が虎になったんか、本人もようわからん言うとったで。ただ、もうなってもうたんはしゃあないし、虎として、虎の意識ちゅうんかいな、それで生きとったみたいや。ほんで一日のうちにちょこっとだけ、人間の意識が戻るんやって。せやけど、最近だんだん、人間の時間がみじこうなってきてるらしいねん。

 「ワシは、そのうち完全な虎になってまうと思うんや……正味めっさおっとろしいわー」
 言うとったで。そないな話されたら、袁傪は、ドリンキングバードみたいに黙ってうなずくしかでけへんなぁ。ほなら李徴がこう言ったんや。

 「あ、せや! ワシが完全に虎になってまう前に、一生のお願い、聞いてくれへんやろか? ワシが作ったネタを、さらさらーっと書いて欲しいねん。頭パーンなってまうくらい執着した『お笑い』や。誰にもなぁーんも伝えんまま、笑わせへんままやったら、立派な虎さんになられへん。な? 頼むわ、この通り!」

 袁傪は下のもんに、李徴のネタをメモらせよった。せやけど袁傪はそれ聞いてみて心ん中でこう思っててんて。

 「李徴のネタ、確かにようできとる。おもろい。おもろいねんけど、なんやろ、なぁんか足りひんのよなぁ……。掛布とバースが抜けた阪神みたいやなぁ……。いや、髪の毛抜けてヅラみたいな髪型になってもうた釜本さんみたいやなぁ……」

 まぁ、李徴本人にはよう言わんけど、やっぱなんか欠けてるもんがあんねんやろねぇ、知らんけど。

 袁傪の反応がイマイチやったからか、うすうす李徴も気づいたんやろな。ボソボソちっさい声で本音をしゃべり出したんよ。

 「ワシなぁ……、なんで虎になってもうたんかようわからん、てさっき言うたけど、ほんまは、自分のせいやと思てんねん。あんたもよう知っとる思うけど、ワシは人間やった頃、自分がめっちゃおもろい奴やと思っとったんや。周りのボケやツッコミが、みぃんなしょうもなぁ見えてな……自尊心、まぁプライドが、ハルカスくらい高かってん。でもな、そのプライドはめちゃめちゃ繊細やったんや。まさに硝子の少年や。ハルカスみたいな顔しといて、ほんまは通天閣くらい、いや、天保山くらいの実力なんがバレたらどないしよ。そんなん考えてたら、恥ずかしゅうて、怖ぁて、人と絡むんが嫌んなってきてな。お笑いで天下とったるー言うてたくせに、師匠にもつかへん、養成所にも入らへん、他の若手芸人とライブもせえへん。一人でちまちまネタ書いて、テレビに出てる芸人とか、タレントに文句ばっかり言うて。そらぁ売れへんわな……。そんなしょうもない奴やから、この心にジャストサイズメニューな、虎の姿になったんと違うかなぁ……」

 李徴、むっちゃ後悔してんねんな。でももう虎になってもうてるし、局長でもこれはどうにもできひんで。そんなん言うてる間に、夜明けが近づいて、周りがだんだん明るうなってきてな。

 「ワシが人間の意識でおれるのも、あとわずかやさかい……。袁傪、最後にもひとつだけ頼み聞いてくれへんかな。嫁はんとぼうずのことやねんけど、あいつらがすかんぴんにならんように、ちょくちょく面倒みたってや。よろしゅう頼んます」

 李徴、そういうとこやねんなぁ。普通やったら、自分のネタより、嫁はんとぼうずのこと先に頼まなあかんわ。一回、巨人師匠にしばかれたらええねん。それはまぁええけど。ほんでまぁ、時間も時間やし、李徴と袁傪は挨拶して別れてん。そんとき李徴な、この先の丘に登ったとこで振り返ってくれって言うたらしいんや。

 袁傪軍団は、売れへんかった芸人の末路を見て、どんよりした気持ちで進んで行ったんや。そんで、丘に登って振り返ったら、さっきまで自分らがいたとこに、一匹の虎がスタスターて躍り出てきて、ガオーガオー言うて、また草むらん中入って行ったんやって。その鳴き声がもうむっちゃ悲しくて切なくて、袁傪は「上田正樹の歌みたいやった」言うとったで。


 知らんけど。


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