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病院経営徒然「退職の連鎖を防ぐ」

新年度まであと2か月ちょっと。多くの病院が内定者を抱え、新しい入職者を迎え入れるための心と環境の準備を整え始めていることでしょう。

しかし逆にそういう時期だからこそ、悲しいことに、退職の申し出も多くなってきます。

ほとんどの病院においては就業規則などで、「退職の際は、退職日の1か月前までに申し出ること」と定められていると思います。新年度からの転職を予定している職員の場合、有休を消化することを考えると、2月末くらいには最終勤務日となることが多いのではないでしょうか。その1か月前がちょうどこれくらいの時期。およそ年初から1月末くらいに、退職の意志を病院に申し出ることになるわけです。(冬のボーナスが出た後でタイミングとしても言いやすい。)

やむを得ない理由があったり、既に次の職場が決まっていたりする場合は、その職員を引き留めるのはきっと難しいでしょう。それは仕方ありませんが、何よりも怖いのはその方の退職がきっかけとなり、「我も我も」と退職の連鎖が起こってしまうことです。
病院は様々なストレスに晒される職場です。かつ、医療職は引く手数多なため、容易に次の就職先が見つかります。ですから、一般企業以上にこうしたリスクが大きいのです。

必要な人員が確保できなければ、仕事が回らなくなります。人員の不足は残った職員の負担を大きくし、更なる退職動向の要因となってしまいます。更には、診療報酬上の配置基準が満たせなくなれば最悪の場合、病棟閉鎖などの重大な影響が病院経営に及びます。実際に私が良く知る某病院も、看護師の大量離職により、数年前に病棟閉鎖に追い込まれました。

ですから病院として、退職の連鎖だけは何としても未然に防がなければなりません。そのために、経営者には一体何ができるでしょうか。

人の気持ちや行動を促すためには、まず相手の立場に立って想像してみることが鉄則です。では、退職する人はどんな気持ちでしょうか。一方、残される職員はどんな気持ちでしょうか。一度、自院や自院の職員に置き換えて想像してみてください。

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いかがでしょうか。相手の気持ちが想像できましたでしょうか。

例えば、退職する職員はこんな風に考えているかもしれません。

<やむを得ない事情で辞める職員の場合>
・退職の手続きはどうすればいいだろうか。
・仕事の引継ぎはいつ誰に、どのように行えばいいだろうか。
・退職金はいくらだろうか。いつ支給してもらえるのだろうか。
・有休は消化させてもらえるのだろうか。
・辞めることを同僚はどう思っているだろうか。
・辞めたあとみんなに迷惑がかからないだろうか。

<病院に憤りを感じて辞める職員の場合>
・どうせ辞める病院だ。引継ぎは適当でいいだろう。
・退職金は何に使おうか。楽しみだなあ。
・有休はしっかり消化しよう。労働者の権利だ。
・一緒に辞める仲間はいないかな。転職情報を教えてあげよう。
・しかしひどい病院だったな。辞めたあとは散々悪口を言ってやろう。

一方、残された職員はこんな風に考えているかもしれません。

・あの人辞めるんだ。また忙しくなりそうだなぁ。
・あの人がやっていた仕事、誰が代わりにやるのかな。
・あの人が有休消化に入ってから忙しいな。そのせいか、みんなギスギスしてる。
・なんだか最近どんどん人が辞めていくな。私もそろそろ転職を考えようかな。
・部署長がイライラしているんだけど。上に怒られたからって、私たちに八つ当たりするのはやめてくれない!?

などなど。他にも読者の皆さんの頭の中には、様々な辞める人、残る人の気持ちが浮かんだはずです。そういう気持ちをまとめると、概ね2つの言葉に集約されます。


それは、「不安」「不満」です。


辞めていく人も、残る人も、多かれ少なかれこの2つの「不」の気持ちを抱えているのです。

さあ、退職の連鎖を防ぐにはどうすればいいか、もうわかりますね。

退職者と職員双方に、この2つの「不」を解消してあげる取り組みを、病院を挙げて行うのです。

つまり、「不安」を「安心」に、「不満」を「満足」に変えてあげればいいのです。

やむを得ない事情で辞めていく人や、残された職員を気遣うことは、意識すれば何とかできそうです。でも後ろ足で砂をかけるように辞めていく人までケアしなくちゃいけないの?という声が聞こえてきそうです。その気持ちはよくわかります。しかし、むしろそういった人ほど心地良く送り出してあげなければいけないのです。

先述のように、不満を抱えて辞めていく職員は、病院を木っ端みじんに破壊しかねないたくさんの爆弾を抱えているようなものです。丁寧に、かつ慎重に処理しないと、とんでもない大爆発が起きてしまうかもしれないのです。

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それが無事処理できたら、次は不安を抱えている人たちのケアです。少なくとも不安を安心に、願わくば満足につなげたいところです。

それでは退職があった場合、具体的にどのようなことを退職者や職員に対して行えばいいのでしょうか。これはケースバイケースですが、私が特に意識して行っていることを、思いつくままに列挙してみましょう。

<退職者に対して>
・まずは懸命に引き留める(病院にとって辞めてもらいたい職員は除く)
・これまでの病院への貢献に深い謝意を表す(できれば具体的なエピソードを添えて)
・低姿勢で引継ぎをお願いする(引継ぎをするのが社会人として当然、という本音は押し殺す)
・有休は全て消化できるように配慮する(不満やトラブルの元になる)
・退職にあたっての説明や諸手続きを丁寧に行う
・最終勤務日はできる限り手厚く送り出す(立つ鳥に跡を濁させない)

…つまり、「退職のその日まで誠意をもって対応する」

<部署長に対して>
・1月はそういう時期だと、あらかじめ心づもりをさせておく
・退職者にまつわる様々な調整を依頼する(最終勤務日の把握、引継ぎの段取り、退職セレモニーの企画やお花の用意、有休消化期間のシフト調整、残る職員のケア、様子のおかしい職員(元気がない、表情が暗い、勤怠状況が思わしくないなど)へのアンテナを張る)
・一連の対応を十分にねぎらう(部署長は、勤務調整や業務の再分担などを行う、最もストレスのかかる当事者)

…つまり、「退職によって起こりうるグチャグチャを回避するための先手を打つ」

<職員に対して>
・ポジティブな変化を、計画的かつ意図的に起こす
例)職員の待遇を向上させる
例)福利厚生を充実させる
例)職場環境を改善する
例)プロジェクトを立ち上げる
・将来の展望を適切なタイミングで知らせる
例)「来年から、年間休日を3日間増やします」
例)「上半期決算が良好でした。このまま頑張れば、来季の賞与は期待できます」
例)「来年度から職員互助会の会費を無料にします」
例)「インフルエンザワクチンの接種費用について、次回から自己負担額をゼロにします」
例)「来年は法人20周年です。大規模な祝賀会を行います。また慰安旅行は特別に北海道と沖縄を予定しています」
例)「4月から、制服を全面更新します。デザインのアンケートにご協力ください」
例)「3年後に、改修工事を行います。これが完成予想図です」

…つまり、「職員がワクワクする施策を打ち、計画的に広報する」


といったところでしょうか。

これらはあくまでも当院の事例です。病院ごとに様々な事情があるでしょう。特に費用のかかる施策は、先立つものがなければ実現できません。

しかし、どんな病院でも必ずできることがあります。

それは、「職員のことを思いやる」ということです。この「職員」というくくりには、残る職員はもちろん、辞めていく職員も含まれています。

病院は人で成り立つ職場。だからこそ人を大切にする。

至極当たり前の原則に忠実であるということが、良い病院づくりに欠かせない最も大切な要素だと、私は思うのです。



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