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75 「刺さる話」と「刺す話」

2学期を締めくくるにあたり、集会でたくさんの先生方からの講話がありました。こういうときの話ってステレオタイプになりがちで、「刺さる話」をするのはとても難しいことです。

抽象的な話だけに終わらず、体験談や具体的な人物や出来事の話を用いると生徒への染み込みがいいように思います。ただ、そのあとがやはりステレオタイプになると、最終的に何も残らずエピソードだけが頭に残るってことになるわけです。

最近はやりの「イノベーション」という言葉がありますが、これは新しいものの創造ではなく「新結合」というのがふさわしいと、何かの本で読みました(これからこういうのちゃんとメモしておかないとダメですね)子どもたちの心に刺さる話も従来型の話をイノベーションしたものでないといけなのではと考えます。

もうひとつ、先々の進路のために勉強しなさいって話があります。集会では必ず出てくる話題。生徒のうち一体何人が「よし、冬休みの間に復習しよう!」とか「大学入試のために10時間勉強するか」とか、なるのでしょうか。

多くの場合、ゴールなきランニングを命じているように思うのです。

「ええから走っておけ」「坂ダッシュ死ぬまで」的な、僕が高校生の頃に野球部で体験してきたアレに似ています。ゴールが設定されていないのにペースもわかないし、いつまでやればいいのか未知なので頑張れない。何のために走るか、目的が一向に見えてこないので頑張りようがないのです。

大人の多くはこれを強いています。何に対して頑張ればいいのかわからない子たちに「ええから勉強しておけ」という無茶な要求をするわけです。どんなおもしろいエピソードがあっても「ええから走れ」式の話では生徒は「ふーん」で終わります。刺さってないのです。

じゃあ刺す話をするにはどうすればいいか。話す側がゴールを設定して話すことです。大人のイメージするゴールはたいてい就職とか、大学合格とかです。何のために就職するのでしょうか。大学もなぜ行くの? そういうところが詰まっていないと刺す話にはなりません。経験談はおもしろいけど、スルッと飲み込まれて終わりです。飲み込めない、噛みごたえのある話とは。

大人はおわかりのように就職さえも生きていく上では通過点です。ええ大学に行っても…、という話はゴマンと聞きます。

みんなは競争に載っかっていくか、新しい路線を行くか、まずはそこの見極めをしないといけない。スタバとマクドのコーヒーの違いはわかるか。スタバはおいしいコーヒーを提供するというのと同時に「第三の場所」を提供するという企業のコンセプトがある。だから商品の提供にもじっくり時間をかけるし、ソファも座り心地がいい。

一方でマクドはすぐにコーヒーが出てくるし、席も硬めにしつらえていある。回転率をあげないと利益があがらないからだ。あきらかに戦っている場が違う。商品を出すのが遅かったら急いでいる人は行かない。そう、そういう人が行かないところがスタバ。

「スタバはそんなことで儲かるのか?」って? もうこんなの聞くまでもない。何で勝負するか、自分の何だったら人に喜んでもらえるか、本気で考えたことがあるか。

本気とは周りの人が「そこまでしなくてもいいんじゃないの?」と止めるレベルのこと。あと2年で大人の年齢になり、大学行けばあと6年で仕事に就く。多くの人はそうなる。大きな流れの中にいることを自覚しているか。ひとまず流れに乗って企業に就職するのもいい。それで本当にいいのか、考えるのが今。

大学なんか僕からすれば国公立であろうが私立であろうが、行かなくてもいいとさえ思う。ゲームにみんな夢中になることがあるだろう。それはおもしろいから。じゃあおもしろくて夢中になって、人に喜んでもらえて、対価を得られて、そんなふうに自分の将来を考えていってほしい。あっという間に現実が押し寄せてくる。こんな話をしても通り過ぎるだけの人もいる。極端な例で言えば「起業したい」とか言ったらだいたいの大人は止めるだろう。そういうときこそ、自分の将来を本気で考えるときだ。

こんな話を、集会のあとでしました。刺すつもりで本気で話しました。刺さる話をするのは難しい。刺さればいいなじゃ刺さらないのです。

スギモト