終のすみかの乙女たち「席替え」
「西さんの隣がいい!」
白川さんは職員の木村さんにうるうるした目で訴える。
「白川さん、運が良ければね。今月は隣になれるといいですね」
「西さんの隣がいいの!だからくじは引きたくない!」
ここでは月末になると、食堂の席をくじ引きで決める“席替えくじ引き大会”が開催される。
テーブルは4人席。
気の合う人と同じ席になった人はラッキーだけど、
中には気の合わない人同士が同じ席になることもある。
「くじを引かないと、西さんの隣にはなれないですよ。
くじを引かない人は、あっちの席だから」と職員の座るテーブルを指す。
白川さんは、西さんが大好きなのだ。
まだ入所して間もない白川さん。
長く暮らしていた町を離れ、こちらのすみかに移ってきた。
自営を営む息子家族はだんだんと母親の介護が難しくなり、
ここにお願いすることにした。
白川さんにとって、この町は初めての町。
送迎車から見える景色は、白川さんにとって不安でしかない。
その日はたまたま西さんと同じ病院へ行くことになり、同じ送迎車に乗っていた。
「あなた、何年生まれ?」西さんは白川さんに聞いた。
白川さんはびっくりした。びっくりしてしばらく答えられないでいた。
初めて、すみかの人に話しかけられたから。
「何年生まれって聞いてるのよ!」、西さんは大きな声で質問した。
その声の大きさにも、白川さんはびっくりした。
西さんは耳の遠いせもあり、ハキハキした物言いで、大声で話をする。
「昭和8年生まれ」。白川さんは精一杯答えた。
「あらー、私と一緒ね」。
それから車の中では、昔話に花が咲いた。
車を降りる際、
「名前はなんとおっしゃるの?」西さんが白川さんに聞いた。
「白川安子。安いの安子よ。あなたは?」
「西あき子」。
そう言い、二人はそれぞれの部屋に戻って行った。
部屋に戻った白川さんは、いつも持ち歩いているメモ帳を取り出しメモをした。
どうしても下の名前が思い出せず、
西さん、とだけ書いた。
さあ、いよいよ“席替えくじ引き大会”が始まった。
司会の若林さんがみんなの前に立ち、
「やってきました。毎月恒例の席替えくじ引き大会。みなさん盛り上がってますか?」、と一生懸命盛り上げるが反応は今ひとつ。
前では、白川さんと木村さんがなにやら揉めている。
くじ引きも終盤を迎え、徐々に座席が決まって行く。
まだ西さんの隣は空席のままだった。
白川さんの番が来た。祈るようにくじを引く白川さん。
引いたくじを受け取った木村さん、
「やったー。白川さん。強運ね。西さんの隣よ!」
白川さんは、声にならない喜びを満面の笑みで表現した。
今月はずっと西さんと同じテーブルで食事ができるのだ。
白川さんは嬉しくて、心なしか目に涙を浮かべていた。
本日のお昼のメニューは、土用の丑の日も近いことからうなぎ丼。
うなぎが好物の白川さんは、嬉しさも倍増だった。
「西さん、よろしくね」。
すでに席に座っている西さんの隣にやってきた白川さん。
「あら、あなた、新しい人?初めまして」。西さんが白川さんに尋ねた。
「いいえ。この前、あなたとお話ししたじゃない」、白川さんは答えた。
「あら、そうだったかしら。お名前はなんとおっしゃるの?」
「白川安子よ。安いの安子よ」
「安子さんね。初めまして」。
「初めまして」。
二人は再び初めましての挨拶をした。
運ばれてきたうなぎ丼を見て、
「あら、うなぎ。大好物」と西さん。
「あら、私もよ」と白川さん。
そして、白川さんのメモ帳には、“西さん うなぎ”、と加えられた。
The end
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