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スナックはじめました。

 令和二年四月七日に緊急事態宣言が発せられる一ヶ月ちょっと前から、私のリモートワークは始まっていた。通勤が無い、自宅でのワークスタイルが始まる前までは、毎日朝起きてお風呂に浸かって、大好きなメイクをすると朝ごはんを食べる時間はもうなくて、急いで会社へ出発するのがだいたい八時五十分くらい。満員電車の中でもみくちゃになりながら、まだ終わっていない企画書のページネーションをぐるぐる考えながら、ついTwitterを開いてぼんやりTLをめくっているうちに新橋に着いて、熱いコーヒーを買って開始時間ギリギリセーフで会議室に滑り込む。ミーティングの合間にトイレに行く時間もないくらい、それはもうみっちり詰まったスケジュール。ミーティングからミーティングにモモンガのように飛び移り、やっと自分の席に戻ってきたと思ったらもう日が暮れていて、20時で閉まってしまう社員食堂へ駆け込んでなんとか味噌ラーメンを食べて、終業時間ギリギリまでにちぎっては投げの終わらない作業を片付ける、みたいな日々を過ごしていた。私の平日。私の平時。

 それはそれでまあよかったんだと思う。私は時間があると恋愛がちで、離婚も経験し、人との関係性に常に悩んで精神不安定なことも多かった。人との関係性というか、傾聴能力>自己主張な性格ゆえ、聞いているうちに自分の気持ちが社会生活からおざなりにされがち、というのが精神を不安定にする大きな要因であるのだが。まあ、それゆえ他人との関係性構築にすごく頭と心を使うのだが。とにかく、だから、余計なことを考える間も無く時間が過ぎていく日常はある意味ありがたく、時々やってくるゆるりとした休みや、2−3年に一度ガツンと取得する一週間から10日の有給休暇で心身のバランスを取れていることがとても重要なのだ。まあ、バランスが取れていることはほぼ無かったような気がするのだけれども。時代にそぐわず、割と猛烈に働くタイプだと思うのと、お金のかかる趣味があまり無いので(ゴルフとか、飲み会とか、そういうのは人間関係構築カタツムリ型の自分はあんまり得意じゃなくて、花を愛でたり、古着の着物を着たり、美術館を巡ったりなど)、気が向くとひとりで、または母と、時に気を許した少人数の仲間とわがままいっぱい。やりたいこと詰め込んだ旅に出ると、気分も身体もスカッとするのだ。今振り返れば、それでも平時の自分の心は凝り固まった筋肉状態、水が染み込まない放ったらかしの植木鉢みたいな状態であったのかなあと思う。

 話が逸れたが、とにかく、個人的には二月中旬にダイヤモンドプリンセスから陰性検査結果をろくに待たずに下船が始まった頃から、映画「コンテイジョン」を観ていたこともあって、「これはなんかやばいことになりそうだ...社会で起きていることは正気の沙汰ではない」と野生の勘が働き、公式リモートワークがスタートする一日ほど前から自主的にリモートワークをスタートさせていた。それが令和二年二月二十五日。

 最初の一ヶ月は、会社に通勤していた時と同じように、ミーティングからミーティングへテレカンのURLを飛び移るモモンガ状態は変わらなかった。しかし、もともと料理が好きだったことや、徒歩圏内にある実家の介護をこれまでより頻繁に手伝うことになったこともあって、出来合いのものを食べることがほぼ無くなった。自分や家族の手で作られた食事を食べることで、それまでカサカサしていた心のヒダに、少しずつ潤いが浸透していくのを感じた。動かないので体重が五キロも増加してしまったのだが。

 次の一ヶ月は、毎日散歩をするように心がけた。そのうち、だんだんと自分が大事にしているものばかりに囲まれながら働くうちに、自分の気持ちに気づき始めた。今日の太陽は綺麗だなあとか。今朝芽が出たモンステラが、夕方には2センチメートルくらい成長していることとか。鯖缶をグリルするだけでご馳走だなとか。そのうちに、あれ、本当にやりたいことってなんだっけ?とか、今やってる仕事って、そもそもどういう価値があるんだっけ?とかとか。

 前から、仲の良い人には話したことがあるけど、スナックをやりたかった。スナックでバイトとかしたかった。おしゃれして男性の気をひくことがやりたいわけじゃなくて、接客業なんだけど、なんだかんだママが好きな料理や飲み物をやってくるお客さんに出して、お客さんの話を聴きながら、いつの間にかママが好きな話をしてる、だけど居心地がいい。そういう場所みたいなのをいつか作りたいなあと思っていた。

 コロナ禍がいつおさまるかわからない。おさまったとて、私たちの概念にあるスナックを作れる未来があるのかもわからない。時代も、日常も、常識も、そして大切なものも色々研ぎ澄まされて、きっと新しい未来がやってくる。自分と向き合って、好きなことを見つけられる時間がある今だから、私はポッドキャストでスナックを始めることにした。

 人とおしゃべりするのは苦手なんですけど、それは相手に気を遣いすぎる性格ゆえ。自分が好きなことなら、しゃべるのも楽しいのかな?とか。そして、しゃべると、好きなことがどうして好きなのか、自分でももっと好きの理由がわかるようになる。そんな気がして、大好きなものを集めていくような、そんなポッドキャストにしていきます。

 すでに数ヶ月前にポッドキャストを始めた友達と昨日、昼からロングアイランドアイスティーを作ってオンラ呑みしながら、「ちゃんと定期的にやるのがいいよ」とアドバイスをもらったので、マイペースすぎる自分に、毎週更新する責任を課して(晴れて、ママだし!)。アロマセラピストを目指す友達も、近いうちにゲストでお呼びしようと約束したし。そしてこれは、オンラインでも、居心地が良い「場」が作れるんだっていう実験でもある。

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